第15話 広大な湖上の芝生とサブアニマル

 三人がセイルを立て、アイリスとティナ、ムギもボートに乗ると帰路を出発した。帰りは少し追い風気味でスピードが出そうだ。晴天で前方に雄大な山々が見えて絶景である。


 マークは相変わらずご機嫌だ。

「帰りも飛ばして行こうぜ。ルカ、遅れるなよ」

「ああ、何とか付いて行くよ」


 ミアは髪をたなびかせながら、颯爽とボードを走らせていた。ルカはそれを見て恰好良くて少しうらやましく思った。


 ボン、ボンとボートが水面を跳ねていく。強風に乗ってすごいスピードで進むので水面から離れる時間の方が長い。プレーニング状態だ。


 アイリスとティナのボートは水上十メートルくらいの高さを並行して飛び、三人を見下ろしている。二人の髪も風に吹かれている。ムギも気持ちよさそうに目を細めている。


 あっと言う間に湖の中央付近に来た。アイリスが手を振り大声で指示した。

「はーい、この辺で一旦停止してー」


 三人は速度を落とし、セイルを水面に降ろした。サングラスをかけているアイリスが説明を始めた。


「ここで、面白いトレーニングをするわよ。これからみなさんに守ってもらうエルシアにはサブアニマルって言って見た目は地球の動物だけど、変な特徴や能力を持つものが現れるようになるわ。それにうまく対応してもらいます。ここではムギ君に協力してもらいましょう。まず、ミア、湖を凍らせてくれない? 厚く固くね。練習した成果を発揮してちょうだい。」


「はい、じゃあ『フリーズ! コンクリート』」

 瞬く間に湖が完璧に凍った。


「次はルカ。このままだと滑るので、芝生を生やして頂戴。最初に土がいるからね。湖面全体にね」


「なんか、僕が覚えさせられた特殊能力は地味だよな」

 ルカはぶつぶつ言いながらも瞬きして能力を発動した。


『グラウンド、グラス! オール』

 茶色い土が一面に広がった後、透明なつるつるしたものがその上に出現した。マークが呆れる。


「何だこれは? グラスって、ガラスじゃないか? 発音が違うぞ」

「いやその、発音を言われても困るんだけど。きちんと芝生を念じたし」


 アイリスが苦言を呈す。

「あなた、頭の中で一瞬迷ったでしょ。『芝生ってグラスでいいんだっけ』ってね。そんな事じゃだめよ。やり直し」


「はい。では改めまして。『イレイズ、Glass。グロー、Grass』」

 今度は辺り一面芝生に生え変わった。


 ティナとムギが喜んだ。

「すごーい。こんな広くて平らな芝生見たの始めてー」


 マークが呟く。「無駄に広いな」

「ムギ! 遊んできな」


 ティナがムギを放つと、ムギは一目散に駆け出した。辺りを走り回って大はしゃぎだ。ミアとルカがそれを見て笑った。


「楽しそうだね、ムギ」

「犬はこういうところ好きだからな」


 アイリスがティナに向かって言った。


「ティナ、バッタ出せる? 一、二匹でいいわ」

「バッタ? たぶん」


 ティナの手に突然スマホが現れた。本はかさばるのでアイリスからスマホももらっていた。しかもそれを瞬時に手元に出せる。ほんの数秒操作した。


「わかった。やります。『グラスホッパー』」


 バッタが二匹現われた。それを見たムギが舌を出しながら猛然と駆け寄って来る。ミアとルカが見つめる中、ムギはバッタを襲うかと思いきや、前脚で突っついては動くのを待つ。動き出すとまた前脚で引っ掻く。


「遊んでいるね」

「どちらかというといたぶっている感じだな。食べる気は無さそうだが。ほらバッタが段々弱ってきてるよ」


 アイリスがにこりと笑ってバッタを拾い上げて助けた。ティナとボートに移る。

「さて、これからが本番よ。何すると思う?」


「あの不敵な笑い方見ろよ」

「嫌な予感がするわ」

「あっ、まさか犬を大きくするとか?」


「大当たり―、二人とも可愛いサブアニマルから頑張って逃げてね」


 アイリスはムギに向かって指をちょんと差出しウインクした。するとムギはむくむくと大きくなり、たちまち超巨大犬と化した。目をらんらんと輝かせ、しっぽを振りながらミアとルカを見下ろしている。ムギから見ると二人はちょうどバッタの大きさである。


「え、いや、ムギ、僕らだけど……」


 後ずさりしながら訴えるが、もちろんムギに声は届かず無視される。そして全力で走って逃げだした。さすがに巨大化したムギは早い。あっと言う間にルカに追いつくと一叩き。


 「くっ、『ブロック!』」


 ルカは引っ掻かれる寸前で盾を出してムギの攻撃をかわす。ムギは二,三度ルカを引っ掻いてから、今度はミアに攻撃を移す。


『フライっ』


 ミアは飛んで逃げようとするが、ムギは巨体のままジャンプ力を維持している。飛び立つミア目がけて加えようと大ジャンプ。口先に咥えられる。


「やめてっ」


 ミアは手と脚で必死にムギの口先から抜け出し、飛んで逃げる。追うムギ。ムギと二人の攻防はしばらく続いた。


 やがて盾で直撃をかわしていたルカも、ムギの執拗な攻撃に体力を使い果たして伸びてしまった。動かなくなったルカにムギは興味を示さなくなり今度はミアを集中攻撃。


 ムギのよだれだらけのミアもへとへとになりながら何とか耐えきった。

「はーい、そろそろ終わりにしましょう」


 アイリスの声で、ムギは元のサイズに戻り芝生も消えた。氷った湖の状態でミアとルカは並んであおむけに寝転ぶ。マークが笑っている。


「お前達、この程度で疲れたのか。まだまだだな」


 アイリスも、「本物のサブアニマルはこんなに優しくないわよ。二人とももっと頑張らなくちゃね」


 しばらくして二人が回復すると、帰りはフィンを調整して氷上をウインドサーフィンで行くことにした。アイリスとティナのボートにはロープを付けてムギに引かせ、犬ぞりにして行った。


 元の岸に到着するとアイリスが三人に言った。

「今日で初回のトレーニングは終わりにします。目が覚めたら、十日前の現実のベッドに戻っているので普段の生活をきちんとしてください。疲れは無い筈よ。体の疲れはね」


 ルカがぼやく。

「精神的な疲れは残るんだ。やだねえ」

「また、次の夜に会いましょう。二回目ね」

「毎晩これが続くのか。こりゃたいへんだわ」

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