第四章

第16話 トレーニングNo.50 Xアルプス

 トレーニングが開始されてから半年が過ぎた。実質的なトレーニング期間としては五年分である。ミア、ルカ、ティナの三人は、新米守護神ガーディアンとしては既になかなかの腕前となっている。


 例によって、就寝中に強制移動させられた三人とマークは、ヨーロッパのとある有名な山岳地帯にいた。またまた変なアウトドアの服装をさせられている。


「はい、みなさん。記念すべき第五十回です。しかも今回はもう何度目でしょうか? エルシアでのトレーニングです。場所的には同じ地球内なので違和感は無いでしょう」


「景色はいいんだけどなあ」ルカがぼやく。

「はい、じゃじゃーん。今回はこの美しい山々をぐるーっと一周してもらいますね。エルシアの人の間でも人気のあるエックスアルプス、シニアバージョンです」

「何ですか、それは? 大体想像つくけど」


 パラグライダーを開いたエルシアの老人連中がおおぜい見える中、もう奇想天外なトレーニングには慣れたという顔でルカが訊く。


「はーい。ミッドガルドでもやられていますが、パラグライダーと自分の脚でアルプスを一周する、とーっても楽しくて、とーっても過酷なレースですね。エルシアではシニアの大会もあるんです」


「そうですか。この手のは少し飽きましたけど…… シニアって、彼ら大丈夫なんですか? この山々、過酷だと思いますけど」


 年配の老人達が数百人はいる。アイリスはなおも楽しそう。


「エルシアのおじいちゃん達、おばあちゃん達はパラグライダーの腕前はなかなか上手なんですよ」

「はいはい」


「でもね。走ったり、山を登るのが苦手なの」

「ずっと飛んでけばいいじゃん」


「マーク、説明して」

「ルカ、パラグライダーは一度やっただろ、これは低地から上方に飛び立つことは難しいし、飛びたった後も気流がないとなかなか上昇することができないんだ。だから低地に降りたら山を歩いて登って行くしかないんだ」


「彼らも多少の特殊能力はあるんだろ」

「彼らは日頃鍛えていないから、数メートルくらいしか浮かべん。百メートルも二百メートルも浮くのは無理だ」


 ミアが残念がった。

「それは大変ですね。結局山を歩いて登るしかないってことですね」

「その通り。山登り、パラグライダーで滑空、これを繰り返すんだ」


 アイリスがさらに補足説明をする。

「なのでシニアのレースでは、通例多くのサポートを雇って彼らを助けるんだけど……」


 マークが続ける。

「半年前にレッドワールドになって大忙しのこの世界、今回は予算が無いのでサポートがあまり来ない。そこで君らにサポートをしてもらう」


 ルカが文句を言う。

「何それ、僕達がこの大勢の年寄りを助けるってこと? 無理無理」


 アイリスがきっぱり言う。

「できます。やってもらいます」


「どうやって? こんな大勢」

「瞬間移動と持ち上げる技『リフト』が基本だけど、一人ずつだとたいへんだから、工夫してみて」


「何日間?」

「少なくとも一週間以上。後半は選手のいる位置がばらばらになるからたいへんよ」

「おー、嫌だ」

「チェックポイントがいくつもあるから、そこに行けるようにみんなをガイドしてね。あと三人でよく協力して頂戴」


 レースが始まった。色とりどりのパラグライダーが空を飛び交う。なるほど年配の人達も経験豊富なのかフライトは上手だ。しかしそれにしても数が多い。明後日の方向に飛んでいく者も少なからずいる。


 三人も最初はパラグライダーで後を追い、はぐれた人を拾っては、コースに戻すことをやっていた。ティナの胸元にはムギが同乗しており、元気に参加している。


 マークは「あっちに行った。こっちにいる」と選手を確認しては三人に伝える。

 徒歩、登山が遅れたシニア達は特殊能力で援助して先に進ませる。こうして半日も経つと、一人ずつサポートする方法は限界に達してきた。ティナがルカに提案した。


「ねえねえ、十人くらいずつまとめて運ぼうよ」

「そうだな。これだけ相手が多いときりがないな。何か工夫しないと」


 ティナが思い出した。 

「ほら、あれ出そうよ。湖でアイリスが使ったやつ。エアボートだっけ。大きいやつもあるかも」


 ティナは端末で少し探してから、大きめのボートを出現させた。

 それを見たルカが言う。


「これでたくさんの人を乗せられるけど、どうやって山の上まで上げるかだな、重いから『フライ』や『リフト』程度の技だと、さすがに疲れるぞ」


 それを訊いたミアがいい案を思いついた。

「そうだ『バルーン』を使ったら? 急ぐ必要はないから、ゆっくりだけど気球で運べば楽なはずよ」

「よし、それで行こう」


 三人は気球を出してエアボートに取り付け、そこに老人達を十人程度集めては気球を浮かばせた。風に流されないように特殊能力で方向の制御をする。そして高いところまで移動したら、老選手達を下ろす。


 こうしてルカ達は次から次へと選手をボートに運んでは山の上に運んで行った。そして、作業の合間にはパラグライダーで老人達と一緒に空の旅を楽しんだ。


 老人達の中にはパラグライダーのコントロールが怪しい者も少なくなかった。三人の誰かがそれを見つけると、ティナが特殊能力で保護してあげるのが通例となった。


『バブル、レスキュー』ティナが唱えるとコントロールを失った選手が柔らかく透明なバブルに包まれソフトランディングする。ティナが使える能力の豊富さは桁違いだが、特に人々を守る能力が抜き出ていた。

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