第14話 ウィンドサーフィン

 最終日が来た。すでにウインドサーフィンはミアとマークは上級レベル、ルカは中級だが、なんとティナも練習を始めるとたちまちルカと同じレベルになった。ちなみにアイリスは一度もやっていない。


「アイリスさん、あなたこの十日間ちっとも動いていないですが、太っていませんか?」

 ルカが訊くとアイリスが答えた。


「失礼ね。そんな訳ないでしょ」

 そう答えながらアイリスはおなかを隠すように体をねじった。


「いや、確実に太りましたね。初回でそれだと、一年後にはぶくぶくになってますよ」

「そんな事にはなりません、余計なお世話よ」


 アイリスはそう言いながら、内心少し心配になった。(やばいかも。次からは少し動くか)

 そこへティナが、やるき満々ウエットスーツでムギを連れて歩いてきた。

「アイリスー、今日は何やるの?」


 アイリスがムギを撫でながらみんなに向かって言った。

「そうねえ、最後は少し遠出しましょうか? いい風吹いているし。私はエアボートで空から見てるわ」


 特殊能力で出したエアボートは空中でも水上でも使える三、四人乗りのゴムボートのようなものである。


 マークが提案した。

「それなら、湖の向こう岸まで行って帰ってこようか。この風なら行けるぜ」


 ルカが心配する。

「え、まじ? この湖大きいよ。向こう岸ってどれくらいかかるのさ?」

「片道十数キロ、この風ならかかってもせいぜい二時間くらいだろ。たいしたことないよ」


「えー? 往復で四時間でしょ? 長―い」

 ミアも文句を言い、ルカが続いた。

「そうだよ。途中で何かあったらどうするの? 水深は深いんじゃない?」


「せいぜい百メートルだ。『フロート』を使えばいい。俺も一緒に行くし」

「なにか出てきそうだよ。ピラニアか噛みつきガメに襲われるかも」


「何言ってんだ、そんなものここにいるかっ。度胸が無いな、おっ」

 マークは何か思いついたようで、ぽんと手を叩くとアイリスの方へ行って何か話した。アイリスは一瞬顔をしかめてからムギを見つめ、渋々頷いたようだ。


「ティナとムギは私と一緒にエアボートで行きましょう。おやついっぱい持ってね」


 ティナが三人に短いひものような道具を渡した。

「長時間だと腕が疲れるからこのハーネスを使うといいよ。体とブームを繋ぐやつ。あとグローブも。ミアは日焼け止めもしっかりね。」


 強めの風にマークが少し興奮してきている。

「この風だと、プレーニングできるんじゃないか?」

 プレーニングとは強い風でボードが水面から少し浮いて、高速で走る状態の事である。


 そうと決まればそそくさと準備が進められて、いよいよ三艇の出発となった。アイリスが号令をかける。

「じゃ、しゅっぱーつ」


 カラフルで意外と大きなセイルが並んで湖岸から沖に向かって勢いよく走り出した。アイリス達の乗ったボートも続く。こちらの推進力はアイリスの特殊能力であるが強風を使ったウインドサーフィンの方が早い。ティナが『アクセラレート』で加勢する。


 しばらく走ってミアがマークに訊く。大きな声を出さないと聞こえない。

「ねえ、マーク! 方角がわからないんだけど!」


 マークも叫ぶ。

「南西だ。目印を出すからそれに向かえ、『ターゲット、ベクトル!』」

 すると、二、三十メートルくらい先だろうか、前方の空中に矢印が現れた。


「あれに向かえばいいのね」

「そうだ。ベクトルは長さで距離もわかる。近づけば短くなる」


 沖に出ると、風がさらに強くなりプレーニング状態になったマークが雄叫びを上げた。「ひゃっほー」


 一方ルカはさえない表情。強い風は彼には苦痛でしかない。

「うう、腕がしびれてきた。背筋も脚も痛くなってきた。これがあと三時間続くのか……」 


 ミアがアドバイスする。

「腕ばっかり使うんじゃなくて、もっとハーネスで引きなさいよ。それからへっぴり腰になってるわよ!」


 ルカは姿勢を直して言った。

「はい、ミアさん。あー、ちょっと楽になった。ありがとう」


 二時間はかからなかったが、ようやく向こう岸に到着し一旦休憩。ティナとムギは湖岸で遊んでいる。


 マーク達は雑談をしていて、ブルーソース切り替えの一件についてもおもしろおかしくルカに話していた。


「でさ、ヨギが使えないんだよ。一番のベテランなのに」

「最終的にはマークがレバーを壊しちゃったんだろ?」


「あれは、古くなってサビついてたんだ。折れるか? 普通」

「しかし、WCAの人たちも普通に苦労してるんだね」


「そうさ。人間社会と変わらないよ」


 話を聞いていたミアがそれとなくマークに訊いた。

「マークさん、そのブルーソースなんですけど人間世界の方に完全に切り替えちゃったようですけど、それって半分ずつエルシアの方にも流したりできないんですか? そうすれば両方安定すると思うんだけど」


 マークはアイリスの方に向かって言った。

「あれ、アイリス。ソースは他のパイプでも供給されているんだよな?」

「そうよ、ミアちゃん。ソースは三本あって、内二本で両方の世界に常時ブルーソースを流しているのよ。それじゃ足りないんだけどね。それでもう一本を定期的に切り替えているの。定期って言っても五千年だけど」


「もっと量を増やせないんですか?」

「地球への割り当て量は決まっているのよ。予算の問題もあるし」

 ルカが呟いた。「まるで石油のようだな」


「仕方が無いんですね」

「あとね、エルシアはミッドガルドと違ってブールーソースが不足すると、第三世界から色々なものがやってきて様々な事件が起きるのよ」


「第三世界? そんなところもあるんですか?」

「ええ、ブルーソースでそこからの干渉口を塞いでいたのよ」

「色々なものって何ですか?」

「あらゆるものよ、サブアニマルズとか異星人とか……」


 マークが補足した。

「一言でひっくるめれば魔物だ。中にはいいやつもいるが、たいていは害を及ぼす特殊能力を持っている獣達だ」


「それは、何か恐ろしいですね」

 ミアはそう言うと、WCAで行われていることを想像して最後に言った。


「でもソフィアさんとかヨギさん、TJさんとかが二つの世界を陰で支えてくれているんですね。ありがとうございます」


 アイリスが手を横に振った。

「たいしたもんじゃないのよ。少ない人数でいつもどたばたしていて、本部から見たら辺境のマイナー地区なのよ」


 マークがコメントづけた。

「これくらいがいいんだよ。自由が効くしさ」


「さて、みんな元の岸に戻りましょう。帰りはちょっとしたトレーニングを仕掛けるわよ。中間地点で一度止まってね」

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