第三章
第9話 天高く馬肥ゆる秋
ある朝、ルカは家の外に出て高い雲を見て呟いた。
「晴れてる。雲が高いなー ようやく秋だ」
最寄りの駅から東京駅まで移動すると、新幹線に乗り継ぎ、北へと向かった。一時間足らずで目的の駅に到着すると降車し、改札を出て駅前に出た。
「ここまで来るとさすがに清々しいな、少しひんやりする」
ルカは事前に伝えられていた特徴の車を探した。アイリスが車で迎えに来てくれることになっていた。その車はすぐに見つかった。アイリスが運転席から出てきて手を挙げた。そして、もう一人車から出てきた。ミアだ。
「ルカ君! こっち」アイリスが叫ぶ。
「おはようございます。アイリスさん」
「いい天気で良かったね。こちらはあなたと同じガーディアン候補のミアさん」
ミアがぺこりとお辞儀した。
「ミアです。おはようございます」
「あ、僕はルカと言います。よろしく」
ルカは片手を頭にやり、慌てて返した。好みのタイプだ。少し赤くなる。
「さあさ、車に乗って。自己紹介は車の中でして頂戴。ここから結構走るから」
アイリスが二人に促して、三人は山岳地帯の方向へと出発した。
「目的地までは二時間くらいかかるからね」
アイリスがそう言うと、しばらくしてから後部座席のルカとミアが話し始めた。
「あ、あの、ミアさん」
「はい」
「どちらから来られたんですか?」
「仙台です」
「あー仙台ですか。いいところですよね?」
「はい」
「学生さんですか? あ、僕は大学生です」
「私はえっと、ちょっと働きながら勉強している感じです。学校には行っていません」
「へえ、そうなんですね」
ルカはあまり踏み込まない方がいいと思って、彼女自身の事を聞くのはその程度に留めた。
「アイリスさんから今回の話は大体聞かれたんですよね?」
「はい」
ミアの反応は最小限という感じだ。動画で見たイメージがあるのでルカを警戒している。
「信じます?」
「まあ、信じがたいですけど」
「僕もまだ半信半疑というか」
前の運転席からアイリスが言った。
「ルカはもう信じてるでしょ。色々話してあげたんだから」
いつの間にか呼び捨てになっている。これがアイリスだ。
「どうですかね? あなたは少し胡散臭いので」
「失礼ね」
そして、ミアがポツリと言った。
「あの、あなたの動画見ました」
ルカが驚愕の表情。
「え? 見た? ……」
「はい。全部……」
ルカがアイリスを後ろから睨みつけた。
「アイリス~、何て事を」
アイリスが慌てて弁解する。
「いえ、あの、スカウトの内容を説明するのに少しだけ使っただけで、きちんと修正して変なところは見せていないわよ。安心して」
「そう言う問題じゃ無いっ。何で人に見せるんだよ。お前、しばくぞ」
「ひいっ」
それからしばらく、どたばたの自己紹介+雑談が続いたのだった。
やがて車は川沿いの道に入って行った。凄く美しい紅葉が両側の小山に続く。鮮やかな色が車窓いっぱいに広がっている。
ミアが感嘆の声を上げた。
「すごーい綺麗。なにここ? 信じられない」
ルカもこんなのは見たことが無くて口を開けて景色を眺めた。
アイリスが自慢げに言った。
「ナイスチョイスでしょ。隠れた名所ね」
しばらく紅葉の中を進むと、ようやく目的地に到着した。
「はい、ここからは登山をしまーす」
アイリスの掛け声。ルカは前方の鬱蒼とした山を見て言った。
「え、なんか本格的な山じゃないですか? 嫌な予感がするんですけど……」
「これは最初のトレーニングとも言えますね。はいはい、登りますよー」
アイリスとミアは着実に登っていたが、ルカは後ろからひいひい言いながら歩いて付いて行くのがやっと。息を切らしながら訊く
「アイリスはともかく、ミアさんはなんでそんなに歩けるんですか?」
「あの、私は事情があって体を鍛えているので」
「そうなんですか。それはすごい……」
アイリスが発破をかける。
「ルカ、そんな調子じゃ日が暮れちゃうよ。体力不足ね」
ミアがルカに近づいてきた。
「ザックを貸して。私が持ってあげる」
「いえいえ、それは悪いですよ」
「いいんです。貸してください」
ミアはルカからザックを外した。
「これで少しは楽になるでしょ。もう少しだから頑張って」
「はい。ありがとうございます。すみません……」
「情けない男だねえ」
それは言わないでください。アイリスさん。情けないのはわかっています。でもきついんです。
ミアは二つのザックを持っても平気で登って行った。さすがの消防士志望だ。
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