第8話 ブルーソースの切り替え作業
三日後、ブルーソースと呼んでいる、供給エネルギーの一部をエルシアからミッドガルドに切り替える作業が始まった。ヨギの元には最初誰も集まらなかったので、結局マークとTJがヨギに呼び出された。マークがヨギにぶつぶつ文句を言う。
「何で俺達だけ呼び出されるんだよ」
「みんな、忙しそうだからな。暇そうな者を呼んだだけじゃ」とヨギ。
「他のやつらはそんなに忙しいかね?」
「まあ、そう言わんで始めようではないか」
「さっさと片付けようぜ。で、何すりゃいいんだ?」
ヨギは目の前にある複数ある太いパイプを指さしながら言った。
「このパイプの接続を切り替えるんじゃ。エルシア向けとミッドガルド向けのパイプがあって、ソースパイプの一本をミッドガルドの方に接続し直す。弁を一度閉じないとな。どこにあったかな?」
「おっさん、大丈夫か?」
「5千年振りだから詳細は少々忘れているがな。TJ、マニュアルを探してくれないか?」
「はいはい、わかりました、ヨギ。見つけるのにちょっと時間がかかりますよ。事前に用意しておいてくださいよ。全く」
マークはしびれを切らした。
「ヨギ、適当に始めてようぜ、時間がもったいない」
「そうじゃな。それじゃまずはソースの供給弁を探して閉じよう」
二人はあちこち探して、お目当ての弁を見つけた。弁の開放度を示す目盛りは十まであり、今は三になっている。これを二人でがっちりと閉じた。そして移動する。
「んで、エルシア向けのパイプを切り離す。あ、いやまずこっちの弁も閉じないと」
「面倒くさいな。なんでこんなにレトロなんだ? 電子制御とか特殊能力とかでできないのかよ」
「かなり前から設備更新の予算申請をしとるんじゃけど、なかなか許可がおりないんじゃ。お前達成果が無いからって」
「はっ、そりゃしゃーないな」
マークは溜息をつくとエルシア側の弁を閉じ、パイプの切り離し作業を始めた。
「マークよ。切り離したパイプをミッドガルド側に移動してくれ、途中何か所かのL字の連結パイプを緩めて角度をうまく合わせてな」
「おいおい、本当に原始的だな。現物合わせかよ」
そして分厚いマニュアルを持ったTJが帰ってきた。
「どこまで進みました? マーク」
「もう切り替えるところまでやっちゃったぞ。お前も手伝えよ」
「あーわかりました。あちこち緩めればいいですね? このマニュアル、ぶ厚い割には肝心なところが詳しく書いてないです」
「いいよ、つながりゃいいんだ。やってくれ」
二人は色々苦労して、ようやくミッドガルド側のパイプに接続した。汗をふきふきマークは背伸びをした。
「やったぜ、接続完了! じいさん、ソース弁オープンだ! 盛大にやってくれ」
TJが慌てる。
「マーク、ちょっと待って。マニュアル見た方がいい。そんなに簡単にやると……」
ヨギは既に弁のレバーを引く腕に力を入れている。
「くっ、固いな。締めるのは簡単に出来たのになかなか開かん――」
と、急にレバーががくっと動いた。開放度目盛りは全開になってしまった。液体が大量に動くのが感じられる。
「開けたぞー」目盛りの位置など気にしていないヨギが叫んだ。
TJが叫ぶ。
「待って。開放弁は少しずつって書いてある、ミッドガルドは2に設定だって。それからその前に色々確認事項があるみたいで……」
遅かった。
あちこちのパイプの連結部から液体がブシューッと吹き出し始めた。出力が強すぎたせいなのか漏れているのだ。
「あわわわ。ヤバいぞ」
マークが遠くから叫ぶ。
「何やってるんだよ」
TJがマニュアルのページをめくりながらヨギに叫んだ。
「ヨギ! いったん弁を閉めて! こんな時はどうすりゃいいんだ?」
ヨギは慌てて弁を閉めようとするが、今度は液体の圧力でレバーが簡単に動かない。
「うー。固くて閉まらん。マーク、来てくれえ」
マークが駆け付けてレバーを渾身の力で引いた。
―― バキッ
何とレバーが折れてしまった。マークはレバーを持って笑う。
「折れちゃった♡」
TJが叫ぶ。
「何してんだよ! 上流の弁を探して締めて!」
TJはソフィアに現状を連絡した。
「ソフィア、えらいことになってる。レバーが壊れてミッドガルドに大量にブルーエネルギーが流れて……」
ソフィアは状況を把握すると対応を指示した。
「何やってるのよ。バカ男達。前後の弁を探してすぐ締めて。レバーは大至急手配して、修理チームも呼んで」
結構な時間格闘して弁はようやく閉じた。ミッドガルドの人類はどうなっているのか?
一連の過程でミッドガルド=人の世界では次のような事が起こっていた。
昨日までは猛暑だの台風だの、紛争、事件、事故だの物騒なニュースが相次いでいたのが、その日はぴったりと止んだ。
台風一過の天気は秋を思わせる清々しい空となっていた。
なぜか、世界各地の紛争は一段落し、この日、事件は一切起こらなかった。専門家は不思議がり、一般の人々は久々に落ち着いた雰囲気に安堵した。
アイリスから説明は受けていたが、ルカも世界の急変に驚いた。
「これが、WCAの支援ってやつか? 確かブルーエネルギーだか何だかを注入するって言っていたけど。こりゃいいや」
しかし、しばらくすると様子がさらに変化してきた。世界中の人々の動きが遅くなってきたのだ。あくせくする人が急にいなくなった。車に乗る人が減って渋滞も無くなってきた。仕事ものんびりムードになっている。営業せずに閉める店が増え始めた。
「おいおい。これはやりすぎじゃないのか? ぐうたら人間が増えてるぞ」
そう、これはまさにブルーエネルギーの供給しすぎである。
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