第5話 スカウト ミアの場合

[ミアの場合]


 ミアの実家は東北地方の海岸沿いにあった。そう、ご多分に漏れず例の大地震津波で彼女の家もまた深刻な被害を受けた。祖父母と父、弟が犠牲になった。


 母親とミアは偶然その日休みを取ってタレントオーディションの為に仙台に行っていたため無事だったが、家族の犠牲で二人とも心に大きな傷を負うことになった。

 

 やがてミアは成長し、地方アイドルとして活躍し始めた。ルカと同様、家があまり裕福ではないため、どんな仕事でも一生懸命こなして母親を助けた。


 また一方で震災の時の活躍を見て消防士になりたいという気持ちもあり、試験勉強と体力作りを行っていた。


 ある日、東京でのイベントの仕事が終わり新幹線で帰る間、ミアは消防士の参考書を見ながらノートを取っていた。するとスーツ姿の女性が缶ビールを両手に歩いてきて、いきなりミアの隣の席に座った。


「お隣いいかしら?」


 いいも何も、すでにあなたは座っているじゃないの。しかも空いている席が結構あるのに、あえてここに座る? ミアは身構えた。


「え、ええ。いいですけど……」


 この女の人、怪しい。触られるのでは? 身なりが少しボーイッシュだし。するとその女性は優しく微笑んで呟いた。


「そんな事、しませんよ」


 ミアは驚いた。(え、聞こえた? 口に出してないけど……)


 そしてその微笑んだ顔とスーツに締め付けられたはち切れそうな胸に目が釘付けになった。(う、大きい)


 女性はビールをぐいっと飲むと、もう1本をミアに差し出した。


「飲む?」


 ミアは手をしきりに横に振った。


「い、いえ、いいです」

「あら、そう」


 女性はテーブルを開いて缶を置くと、おもむろに例の名刺を取り出すとミアに差し出した。


「私はこういう者です」

 名刺を見た。(WCA守護神スカウト チーフ アイリス・ゴッド)

「はい?」


 アイリスは、ミッドガルドの者が名刺を見るとみな同じ反応をするのでうんざりだった。

「えーと。ミアさんですよね?」

「どうして私の名前を知っているんですか?」


 アイリスはまた笑った。もう酔っているのか?

「だってえ、有名ですもの。こちらでもあちらでも」


 ミアは怪訝な表情になった。

「あちらってどこですか? 私そんなにメジャーじゃないですけど」

「ごめんなさいね。あちらってあの世の事よ」


 ミアの眉間の皺がさらに深くなった。

「何を言っているんですか?」


 アイリスはミアの言葉を無視してパソコンを開いた。


「あの、あなたにお願いがあるの」

「何ですか?」


「たいへん失礼で申し訳ないんだけど、今日はもう疲れたの。説明は面倒だからこれを見てもらえる? 面白いしね」


 アイリスがルカに説明している時の動画が再生され始めた。まずいところは見えないようにきちんと処理してある。しかし最後の場面もちゃっかりカメラを一台残していたようでしっかり録画されていた。


 ミアは動画を見始めた。しかし絵に気を取られて、会話の内容が入ってこない。それでも何とか概要を把握し、最後には少し頬を赤らめて動画を何とか見終えた。


「うーん。良く分かりませんけど、エルシアという世界を助ける仕事をやってくれという事ですか?」


 アイリスはにこりと笑った。


「さっすがー、ミア姫。ものわかりがいいですねえ」


「いえ、動画の中で何かトレーニングが必要とか、男はちょろい、とか言ってましたよね?」


「あら、そんなこと言ってました?」


「はっきりと。私イベントのお仕事とか資格の勉強とかあるんです。あまり余計な時間が無いんですけど」


「大丈夫、大丈夫。普段の生活には支障が無いから。トレーニングは夜の寝ている時間を利用するのよ」


「私は動画の男の人みたく即答はしません。考えさせてください」


 アイリスは陰で舌打ちをした(つもりだった)


「ちっ。これだから女は……」


「アイリスさん? 聞こえてますけど」


「いえ、何も言ってませんよー。それでは今度素敵な場所にお誘いしますので、ぜひ来てくださいね。そこで回答をお願いします。話はこれで終わり。では、かんぱーい」


 アイリスは完全に酔っている。ミアに体を寄せてからんできた。


「私は飲みませんって言ったじゃないですか」 


 顔をそむけ手でアイリスを引き離そうとするミア。


 するとアイリスの態度が変わった。今度は缶を両手で持ち、正面を向きなおしてうつむき加減になる。


「わかった……。私、慣れないミッドガルドの世界に来て、色々な人を一生懸命誘うんだけど、みんな嫌がるの。こんなに一生懸命なのに、うう……」


 ミアは戸惑った。実際にはアイリスは、まだルカ一人しか勧誘していないのだが。


「あ、いえ、アイリスさん。私は別に嫌がってはいないですよ」

「いいんです。どうせ人は私となんか世間話もしたくないんですよね。だから私はいつも孤独にちびちびとお酒を飲むんです」


 ミアは少しいたたまれなくなってきた。別にお酒が嫌いなわけでも無い。もう成人だし。 ――おいおいミアさん、アイリスの作戦だって。構う必要ないよ。


「あの、少しなら付き合いますよ」 ――だめですって。あーあ、引っ掛かっちゃった。

 ミアはアイリスからビールを受け取るとプルタブを開けた。その時アイリスの酔った目がキラリと光ったのをミアは知らない。ミアは一口ごくりと飲んだ。


「おいしいですね」

「ミアちゃん。ありがとう。やっぱりあなたは優しいね。私の話聞いてくれる?」

「え、ええ。どうぞ」


 アイリスは身の上話をあること無いこと話し始めた。ミアは真面目に聞いて付き合っている。アイリスのカバンからさらなるビールが出て来て、ピッチが上がってきた。やがてミアも結構酔ってきた。


 アイリスの話は最近の話題に移る。


「でね、あのルカ? あいつさ、夢の中だからって痴漢しようとしてたのよ。私が必死で止めたけど。そう、痴漢されそうだった子ってあなたにそっくりだったわ。やばくない?」 


「さっき動画見ましたよ。あれ夢なんですか? 私もびっくりしました。あいつは何者なんですか? ほんと、いやらしい」


「でしょー。それから私の胸ばかりみるのよ、いやらしい目つきで」

「許せないですねー。女の敵です。ふざけんなー」


 もう、二人は止まらなくなってしまった。

 やがて仙台駅でフラフラになりながら新幹線から降りた酔っ払いの女が二人、そのまま肩を組んで繁華街の中へ消えて行った。


 その夜遅くに酔っぱらって自宅に帰ったミアが、母親からきつく叱られたことは言うまでも無い……

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