第4話 勧誘とモニタリング
「あー、本当に疑り深い人ね。変態のくせに」
アイリスがルカに小声でつぶやくとルカが突っ込む。
「おい、本音がもろに聞こえてるぞ」
その時、人がトイレに入ってきた。さすがにこれ以上の会話は難しい。
「アイリス、人が来た。とりあえず話は中止だ」
「仕方ないわね、また来るわ。あー面倒くさ」
後半は小声となり、アイリスの姿が次第に薄くなっていった。
「本音が聞こえてるっつーに、全く」
ルカはアイリスが消え、ほっとしてズボンを上げた。
次の日の夜、ルカが浴室で椅子に座り髪のシャンプーをシャワーで流していると、また嫌な予感がした。目を開ける前に、これから何が起こるかをすぐに察知した。
そいつはいた。また目の前に……
「じゃーん。はい、今日はルカさんの自宅にお邪魔しました。私はアイリス・ゴッド、WCAのチーフスカウトでーす」
「……だから、あなたはなんで、いつもこういう場所に現れるんだ?」
「今日はルカさんの裸体洗浄プロセスをご覧いただきます」
「おいっ! ご覧いただくってなんだよ、まさか撮影とか中継とかしているんじゃないだろうな?」
「もちろん、今日もしていますよ」
アイリスは当たり前の様に言う。その一言を聞いたルカは唖然とし、わめいた。
「今日も?? って図書館の時も中継していたのか? やめろ、すぐやめろ」
「えー残念です…… ポチっと」アイリスが中継を切った様だ。
「『残念です』じゃねーよ、一体どこに中継してんだよ?」
「WCAです。ビューを稼ぎたくって……」
「ふざけんじゃねーよ、ユーチューブかっ!」
「今日は前よりも可愛いのに……」
アイリスがまた下を見る。その瞬間ルカはアイリスに平手打ちを見舞った。しかし右手は半透明のアイリスを素通りし、空を切った。
「怒らないで。プチヒットなんですよ。久々のスカウト映像で」
ルカは愚痴をこぼした。
「どこが上位の組織だよ。低俗じゃねーか」
「では、昨日の話の続きを……」
本題を始めようとするアイリスに対してとルカは冷静になって言った。
「ちょっと待った。その話はフロ上がってからにして。僕の部屋でやろうじゃないか」
そして叫んだ。
「一度……ここから……出てけーっ!!」
フロを出たルカは、自室であぐらをかき、ノンアルコールビール缶をぐいっと一口飲んでから、目を瞑って一言。
「どうぞ」
するとアイリスが現れた。
「お待たせしました。いえ、待ちましたー」
ルカは目を瞑ったまま確認する。
「中継はしていないな?」
「もちろんです。中継はしていません」
「コホン…… 録画は?」
ルカが冷静に訊く。
「え?……してます。えへ」
「『えへ』じゃないっ。録画もだめだっ」
「えー、そんなあ」
「だ・め・だ!」
「わかりました。シュン」
透明になっていた小型のカメラが五台、ぼとぼとと形を現し周りに落ちてきた。
「こんなにあちこちから撮っていたのか。貴様」
ルカがアイリスを睨む。
「もうしません」
「当たり前だ。事前に許可を得ろ。ギャラを払え」
「
「お前の口が言うか!」
ルカがまた一口飲んでから本題を促した。
「それで? エルシアを守るメンバーだっけ? 僕を選んだと」
「あのー、その前に私にも戴けませんか? その、できればアルコールの方のビールを」
ルカは仕方なく、冷蔵庫からビールを一本持ってきてアイリスに渡した。アイリスは美味しそうに飲んでから説明を始めた。
「そう、あなたをガーディアンとして選んだんです。あともう二人選んでいます。ルカ君含めて三人にはエルシアを守ってもらいたくて……、どうかお願いします」
「危険は無いんですか? 魔物とかいて、すぐに殺されちゃうとか」
ルカはようやく落ち着いた口調になった。
「大丈夫です。私達WCAが責任持ってサポートしますので」
「エルシアってどんな感じの所なんです?」
「ここミッドガルドと似ていますよ。あまり違和感は無いと思います。ただ、エルシアのみなさんは少し特殊能力が使えたり、寿命が長かったりと言う特徴があります」
「見た目は普通の人間なんだね」
「そうです。それからミッドガルドとエルシアはある程度同期していて、同じような人がいて共鳴し合っているんですよ」
「どういう意味?」
「同一人物が両方の世界に一人ずついる感じで、例えばミッドガルドの人が亡くなると、エルシア側の同じ人も徐々に薄くなっていきます」
「薄くなる?」
「はい。少しずつ薄くなって、やがて見えなくなります。死んではいませんけどね」
「死なないんなら、ガーディアンとかいらないんじゃない?」
「あの、WCAの管理が切り替わってエルシアがレッドワールド状態になると、いろいろ厄介なものが現れるようになります。お化けくらげとか、巨大さそりとか、冗談が効かないツンデレ女戦士とか…… どうしてもあなた達が必要なんです。やってくれますか?」
アイリスが懇願する目でルカを見つめる。ルカはしばらく考えてから答えた。
「そこまで言うんなら…… 僕にそんな力は無いと思うけど」
アイリスの目がキラッと輝いた。
「今、承諾しましたね。ふふ」
「いや、まだ承諾まではしてないけど」
ルカが言いかけるとアイリスが遮った。
「いいえ、承諾しました。録音しています」
「まだしてたのかよ!」
アイリスは有無を言わさぬ勢いになった。
「ルカさん、甘いですね。そんなに簡単にガーディアンにはなれませんよ」
突然態度が豹変したアイリスに、ルカはしどろもどろになり始めた。
「いや、だからまだ承諾してはいないって」
「だめです、もう逃がしませんよ。まずルカさんにはトレーニングをしてもらいます。神聖なるガーディアン、守護神になるためのとっても楽しくて長ーいトレーニングです」
「トレーニングが必要なのか? 聞いてないぞ」
「今、言いました。当たり前じゃないですか。今のあなたじゃ犬一匹だって守れないですよ」
それは言い過ぎだ。知力、体力とも人並み以上はあると自負している。
「どんなトレーニングだ? 教えてくれる?」
ルカが訊くとアイリスは答えた。
「面倒なので、三人揃ってから一緒にお伝えしますね。後程集合についてお知らせします。紅葉のきれいなところにしましょう」
消えながら、アイリスは呟いた。
「やったね。これでノルマ一件達成。男はちょろいよ」
ルカは何もない空中に向かって叫んだ。
「だから、本音が聞こえてるって!」
◇ ◇ ◇
ルカは母親のところにいって告げた。
「母さん、僕、神様の出身地を守る仕事をしなきゃいけなくなった」
「神様の……、どういう事?」
母親は怪訝な表情で訊いた。
「彼らの故郷が主役の時代が終わるんで、誰かが守ってやらなきゃいけないんだと」
「そんな事、誰が言ったの?」
「変な、胸の大きい女の人」
母親にとってルカはいつも感謝している息子だが、今回ばかりはさすがに心配になり真顔で言った。
「ルカ、あなた一度病院で診てもらった方がいいわよ」
「僕もそう思う……」
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