第3話 アイリスの誘惑(to ルカ)
数日後の日曜日、ルカ♂はアルバイト帰りに図書館に寄った。その図書館は新築されたばかりでトイレが非常に綺麗である。ルカは本を物色するついでにたまに利用させてもらっていた。
その日も、ルカは個室のトイレに入って用を足していた。
スマホをちらちらを見ていると、ふとなにか目の前に靄(もや)のようなものが見え始めた。
(何だろう?)見ている内にもやはむくむくと大きく濃くなっていった。
ルカは突然の異常現象に体が硬直した状態で、そのもやを見続けた。場所が場所だけに叫び声は出しにくい。
もやは次第に人の形となった。アイリスだ。本当に現実に現われた!
膝から下は無いが、目の前に彼女の胸があり、斜め上からこちらを見下ろしている。ルカはスマホを片手に持ったまま引きつった顔をのけぞらせた。(近い、近い!)
「まてまてまてまて。何だよ、またあんたか。どこに現れてんだよ」
「アイリスでーす。また会いに来ました。今、少しお時間いただけますか?」
いやいやあり得ない。夢で出てきた人が現実に出てくるのがそもそもあり得ないが、よりによってトイレの中に登場とは非常識極まりない。
「やめてくれ。トイレに出てくることは無いだろう?」
「あらー? 個室じゃないと、あなたは一人でぶつぶつ言っているただの変質者扱いですよ」
他の人にはアイリスが見えないことを示唆している。
「だからってトイレにすることはないんじゃないの?」
気が付くと、アイリスはちらちら下に視線を移している。ルカは思わず膝を狭め、手首で局所を隠した。
「どこ見てんだよ!」
「ふふふ」
「ふふふ、じゃねーよ! お前、変態じゃないか。自宅とかにしてくれよ。頼むから」ルカは懇願する表情になった。
「そちらが良かったですか。わかりました。済みませんね」
アイリスはそう言いながらも、まだ視線を下に向けたままだ。
「下を見るなっつーに、下を」
「なかなか可愛いですね」
「あー、どういう意味だっ! それにしてもお前は何者だ?」
ルカは訳が分からず動揺している。
「名刺渡しましたよね? スカウトですよ」
「いやいや、そもそもお前は何者なんだって訊いてるんだ。幽霊か? それともこれも夢の中か?」
「あまり大きな声を出さない方がいいですよ、他の人に聞こえます。ここは現実の場所ですし、私は幽霊ではありません。あなた達の貧弱な語彙から言うと神様か天使ですね」
ルカは少し白けた目でアイリスを見た。
「どう見たって神様には見えないな。呪霊か、良くてせいぜいいたずら天使といったところか」
「あらー、失礼な人ですねえ。この姿、そんな悪者に見えます? こう見えてもそこらの神様より数ランク上の存在なんですよ」
「神様より数ランク上~? 何のランクだか?」
ルカは仕返しとばかり目の前の胸をじっと見てやる。アイリスは慌てて胸を隠す。
「ここ、やっぱり狭いですねえ」
アイリスは少し赤くなる。さすがに間近で直視されるのは恥ずかしいらしい。
「で、僕に何の用なの?」
ルカはようやく落ち着いてきた。こんな場所での話は気に食わないが、最低限の事は訊いておこう。
「ルカ君。あなたさ、別世界の守護神、ガーディアンになる気は無い?」
「……」
別世界の守護神? どういう意味だ?
「よくわかりませんが」
ルカがそう答えると、アイリスはルカに概要を説明した。
「あなた達がいるこの世界はミッドガルドって言うの」
「ミッドガルド? 聞いたこと無いな」
「そうでしょうね。覚えて頂戴」
「それで?」
「地球にはミッドガルドの他に並行世界が存在するの。エルシアって呼ばれている」
「並行世界がある?」
「そう。パラレルワールド、エルシアよ。あなた達が神様と呼んでいる人達は、かつてエルシアで選抜されて派遣された平和維持のエキスパートなのよ。守護神とかガーディアンって呼んでる。エルシアにはあなた達とそっくりの人達が暮らしているわ」
「僕達とそっくりな人間達?」
「そう、それでその二つの世界の上位の存在として私が属する組織WCA(World Control Association)があるの」
「さらに上の組織?」
「上位の組織よ。WCAは平和の維持をしているんだけど、直接管理できる世界は都合によりどちらか一方だけなの。これまで長い間エルシアの平和を維持してきたわ」
「えっと僕たちの……ミッドガルドだっけ? ここじゃなくて?」
「残念ながらそうエルシアよ。WCAが直接管理できない方は交互に平和維持部隊を出し合ってもらっているのよ。エルシアから派遣されたガーディアンがあなた達ミッドガルドを守っていたわけ」
「それが、僕らの言ういわゆる神様だって訳?」
「そう。エルシアは近くWCAの直接管理が終わるので、今度はあなた達ミッドガルドの住人がガーディアンになってエルシアを守る必要があるのよ」
「そのエルシアの守護神が自分らでエルシアを守ればいいんじゃないの?」
「守護神は特に優れた特殊能力が必要なんだけど、自分の世界では高レベルの特殊能力が定着しにくいの。一部の例外を除けば別世界の人だけがものすごい特殊能力を発揮できるのよ。訓練は必要だけれどね」
「それで、僕達ミッドガルドからの守護神が必要と……」
「わかった? あなたがそのメンバー候補に選ばれたっていうことよ」
ルカはまだ半分くらいしか理解していない。
「まだよくわからないけど、なんで僕がその候補に選ばれた訳?」
「それはですねえ、厳正な抽選? いえ失礼、厳正な審査から、あなたがとっても素晴らしい人間であることがわかったからよ(会ってみると少し姑息なやつだったけど)」
「おいおい、今一瞬、『抽選』って言わなかったか? WCAはくじで守護神を選ぶのか?」
「そんな訳ないでしょ。WCA※は人類や神の上に立つ存在よ。ひれ伏せよ、人間どもー」
アイリスは突然芝居がかったセリフ回しをした。
「いーや、僕は勘がいいんだ。お前、とても怪しい」
ルカはきっぱりと言った。
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※WCA(World Control Association)は非常に高位の存在であることは間違いないのだが、その組織、メンバーともにやっていることはとても崇高なものとは言えず、はっきり言って適当に近い。
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