[醜態]

「何か・・・・想像以上すぎて目眩がするわ」


 話を聞かせてくれた彼女と別れたあと、早苗がいかにも疲れた感じの声で言った。

 

「確かに。身長がいきなり伸びるとか・・・・顔だけじゃなくてそんなことまで? ってもう現実離れし過ぎ。私たちのこの世界で起きてることとは思えない。英美の変化を確かにこの目で見たのにまだどこか信じられないというか・・・・変な感情なんだけど」


 美鈴も同じく疲弊の声を出した。


「でもさ」

「え?」

「もしも、の話だけど・・・・」

「?」

「もしも今、あちこちで同じことが起きてたとしたら・・・・ヤバくない?」

「えっ、まさか・・・・」


 早苗が口にした懸念に美鈴は背筋を凍らせた。

 そして辺りを見回す。

 行き止まりだの狭いだのと騒いでいる人々がいないか──怯えた目で確認をした。

 とりあえず見える範囲は大丈夫そうだ。


「明日、学内を観察してみない? 一応、てことで」

「そうだね・・・・」


 早苗の提案に頷きながら、美鈴はぼんやり思った。


(英美はどこに行ったんだろう・・・・)


──────────────────── 


「お帰り! X見た?」


 帰宅をするなり玄関先で美鈴に母の利津子が言った。

 何やら高ぶっている様子だ。


「X? 見てないけど、何?」

「何ってやだ、まだ知らないの? 英美ちゃんよ、動画動画!」

「えっ!?」


 あまりに意外なその言葉に美鈴は表情をこわばらせた。

 美鈴はあまりXに興味がなく普段マメにチェックすることはない。

 突発的な大きい事件があった時や地震情報くらいをたまに見る程度のため、リアルタイムでどんなものがいわゆるバズっているのか等にはとてもうとい。

 が、反対に母の利津子は、パート先のスーパーのX公式アカウントでお買い得情報などの宣伝の書き込みを上司の指示でする要員のひとりということからチェックは日常的にしており、娘の美鈴よりリアルタイムの情報に通じている。


「ほらこれっ、ナントカってアイドル顔に変わった英美ちゃんでしょ?」

「え・・・・あっ」


 再生された15秒ほどの動画。

 そこには思わず絶句するものが映っていた。


『ちょっと困りますっ』

『何でっ? 本人なんだからいいでしょ!』

『いやちょっとやめて下さい!』

『どーしてよ! それがスターに対する態度なのっ?!』

『はああっ? ちょっと!!』


 そこはどこかのショッピングモール内の某ブランドコスメの専門ショップ。

 店頭には美しい"本物のシュンリン"の等身大パネル。

 ブランドキャラクターとしてCMに起用され、その透明感ある美貌と高身長の抜群のスタイルはK-POPアイドルの中でも群を抜いて目立っている。


 そして動画の中、そのパネルにしがみつきギャーギャーとわめいているずんぐりした容姿の女──間違いなく英美だった。


「何これ・・・・」

「びっくりでしょ? 他にも何人も撮っててUPしてるのよ。ほらこっちのも見て」


 そう言い利津子はもうひとつ動画を再生して見せた。


『だーかーらー私なのっ! 見たらわかるじゃん!』

『早くっ、警備呼んでっ!』

『何言ってんのよおぉーーっ』


 顔だけお面の偽シュンリンがドスドスと地団駄を踏んで叫んでいる。


 投稿主のコメントは──


[今日○○モールのコスメショップの入り口で騒いでた女。自分はK-POPアイドルのシュンリンだからサインさせろ!とか喚いてたけど顔は整形、スタイルどすこいでワロタ。とりあえずシュンリンに謝れ]



「サインって・・・・」


 そこまで本気で自分をシュンリンだと思い込んでいる英美の姿に美鈴は言葉を失った。

 まさに狂気の沙汰だ。


「とんでもないことになってるわね。どの動画も再生数が凄いし、英美ちゃんどうなっちゃうのかしら」

「どう、って・・・・うーん」


 答えの出ない問い。

 美鈴は左右に首を振った。


「にしても顔、100均のゴム面を貼り付けたみたいだわよね」


 100均のゴム面──母の利津子が辛辣に言う。

 確かに、あらためて他人が映した動画で見るとその感想は否定出来ない。

 投稿に対して書き込まれたコメントも同様にキツい言葉が並んでいる。


 "シュンリン!? は??"

 "うわぁ気持ち悪っ"

 "頭おかしい"

 "スタイルww"


 スクロールする美鈴の指が止まる。


「何やってるのよ、英美・・・・」


 悲しさと情けなさの入り混じった気分で思わずそう呟いた。

 




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