[魔術]

「その竹居さんて人、どこまで詳しいの? あんな変身が一晩で出来るその召喚?とかって一体何なの?」


 現実的に荒唐無稽な事態のただ中にありながらもなお、早苗の口から語られた"先生"の話に恐怖を感じつつ美鈴は問いを投げ掛けた。


「私も全部を理解出来てるわけじゃないんだけど、竹居さんが言うには古代ギリシャ?とかの特殊な魔術で危険すぎて封印されたとか何とかで」

「え、封印!? そんなヤバいものなの? ていうか古代ギリシャってぜんぜん想像もつかないけど・・・・」

「私も。で、表向きには封印されたってことになっててもどこかで秘かに伝承されて長い時間をかけて世界のあちこちに散らばった噂もあるとかで。神智学を研究してる知り合いで世界の魔術や呪術に詳しい人から聞いたみたい」

「・・・・」


 今までの日常生活の中でまったく縁も所縁ゆかりもなかった世界の話に美鈴は困惑した。

 ずっと身近で接してきた英美にしても、そんな方面に興味を持っているようなそぶりを見せたことはなく、美鈴の知る限りオカルトのオの字もその口から出た記憶がない。


「で、あの日あの母屋の部屋の中を見た時、ゾッとしたんだって。その知り合いから前に見せられた特殊な魔方陣の図と同じものがあったから」

「特殊・・・・どんな?」

「それは教えてくれなかった。見ない方がいい知らない方がいい、って」

「・・・・」


 それがとんでもないシロモノで、三次元的にあり得ない現象を起こせるものだとして、そしてそれが社会の闇に紛れてこの21世紀まで存在し続けているとしても、どうやってそんな世界と接点が出来るのか?──美鈴には皆目かいもく見当もつかなかった。


「英美がもしその先生と同じことをしたんだとしたら一体どこでそんなものと──」

「実はあるらしいんだよね、そういう世界。いわゆるダークウェブの中には」

「ダークウェブ?!」


 美鈴もその存在は知っている。

 もちろん関わったことはない。


「でも、英美がそんなところに・・・・ていうか、確かあれって普通の検索じゃ出てこないんでしょ? アクセス出来ないんじゃ──」

「それは私も思った。でもね、ここからが怖い話なんだけど手先がいるんだって」

「手先?」

「そう。偽の広告で釣ってそっちに引き摺り込む役目の人間」

「何、それ・・・・」

「竹居さんは"悪魔に取り込まれた手先"って言ってた」

「取り込まれた・・・・」


 その言葉の響きのただならなさに美鈴の背筋に寒気が走った。


「でね、例えば普通の美容クリニックの無料モニター募集の広告で釣ってそっちに引き摺り込む、とか、競馬の予想サイトで当てさせてから誘導するとか、やるらしい」

「・・・・」


 話の展開に目眩がする──美鈴は思わず目を閉じ軽く頭を振った。

 が、次の瞬間、過去のある日の英美が脳裏に浮かんだ。

『整形しよっかなぁ』

 コンビニの雑誌コーナーでメイク特集ページを見ながら何気にひとこと呟いていた姿。

 

「美容クリニック・・・・」

「うん。先生も英美ちゃんもたぶんそれだと思う」

「じゃ、その手先が誘導したダークウェブの中につまり悪魔が潜んでる?ってこと?」

「そうらしい。何だか映画みたいな話だけど実際に2人、私たちの世界の常識じゃ考えられないことが起きたのを見てるわけだし。人間業にんげんわざじゃないもの、あんなの」

「それはそうだけど・・・・でもその何ていうか、目的は何なんだろう? 人の願望を一瞬で叶えてどうしたいのかな・・・・」

「悪魔が、ってこと?」

「うん。変な言い方だけど何のメリットがあるのかって──」

「ああ、それ──」

「?」


 美鈴の疑問に早苗は一瞬、目線を上げ言葉を止めた。

 そして──


「生体エネルギーを吸い取るらしい」

「!?!?」


 あんぐりと口を開けたまま、美鈴は固まった。


 




 

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