[早苗]

「なるほどね・・・・」


 英美の家の火事騒ぎの翌日、美鈴は"悪魔説"の緑川早苗と会っていた。

 英美の件があまりに恐ろしく気持ちのキャパを超え手に負えず、昨夜のうちに連絡を取ると早苗は「明日の午前中なら」と待ち合わせを快諾した。

 母の利津子は「大丈夫なの? 顔色が悪いし今日は家にいたら?」と案じたが一刻も早く早苗に会って話がしたいと気がいた美鈴は欠席出来ない講義があるからと言い家を出た。

 英美とは連絡が取れなくなっている。


 午前10時、待ち合わせたファミレスに入ると早苗はすでに窓側の席に座っていた。

 その姿に少なからず安心感を得た美鈴はアイスティーを注文したあと昨日の出来事を畳み掛けるように一気に話した。

 黙って聞いていた早苗はやがて美鈴が話し終えると、ふ~っ、とひとつ息を吐き、言った。


「それ、かなりマズイね」

「・・・・やっぱり」

「先生の時よりヘビーな感じがする。家が燃えて親までおかしくなってるし」

「先生って塾の?」

「うん」

「あの・・・・聞いていい?」

「いいよ、何でも聞いて」


 真剣な眼差しで美鈴を見る早苗。

 最近では珍しいショートヘアでいかにも快活な印象だ。


「昨日、英美の顔を見た時、どうしてその先生と同じだってすぐにそう思ったの? 激変の仕方が似てたから?」

「それもあるけど、臭かったし」

「えっ・・・・もしかしてプラスチックが焦げたみたいな匂い?」

「ああ、それ。あなたも分かってたんだ」

「うん、教室に行く途中で英美から匂ってきて。でも早苗さんはどこで嗅いだの?」

「早苗、でいいよ。美鈴呼びでいい?」

「あ、うん」

「昨日さ、学生課の前のトイレから出た時にちょうど美鈴たちが目の前を通ったんだよね。その時に通り過ぎてくあの子からプーンて匂ってて」

「そうだったんだ。いたの気づかなかった」

「美鈴、うつむいて歩いてたもんね。隣にいるのが気味悪かったんでしょ? わかるけど」

「まあ、ね・・・・」


 校内に入ったあとの、英美に向けられた好奇の目や驚愕の声が美鈴の脳裏によみがえる。


「で、その匂い、先生も同じだったのよ」

「え、そうなの?」

「うん。塾を辞めるちょっと前ね、先生からふいに匂ったり、教わってたプレハブ教室の中もそのプラスチック臭?みたいのがする時があって。で前にYouTubeの心霊系ちゃんねる見てた時に霊能者が『悪霊や悪魔は焦げたような匂いがすることがある』って言ってたの思い出して気味が悪くって」

「えっ、そうなの?!」

「うん、みたい。でも感じない子はぜんぜん感じてなくて、だからしばらくは気のせいにしてたんだけど、母屋であれ見ちゃったらもう──」

「母屋?」


 一瞬、早苗の表情に嫌悪が走った。

 思い出したくもない──そんな風に見えた。

 アイスコーヒーをストローでかき回し一口飲んだあと、早苗は口を開いた。


「ある時さぁ、友達が教室に忘れ物したっていうから取りに戻るの付き合ったのよ。マックに寄ってたから塾を出て小一時間くらい経ってたかな。で戻ったら鍵が閉まってて、だから母屋の勝手口で先生に声を掛けようと思って行ったら中で誰かと喋ってる声がするんだよね。悪いかなと思ったけど少し開けて控えめに『早苗です。忘れ物取りに来ました』って言ったの。その時も家の中が焦げ臭くて。そしたら──」


 早苗が今度はあからさまに顔を歪ませた。


「・・・・どうしたの?」

「廊下の横の部屋から飛び出して来た・・・・全裸で」

「ええっ!?」

「しかも『駄目だぁぁー、入るなぁーっ』って絶叫して」

「うわ・・・・」

「もうこっちもパニックよ、ギャーよ」

「・・・・」


 話のまさかの展開に、美鈴は茫然自失の状態になった。

 

「逃げ出して友達ともどもソッコー塾を辞めることにしたわよ。で家で親に見たまま話したら父親が驚いて行こうとしたのを私が止めて、先生は母方の遠縁だからってことで母親が親戚に電話して翌日の夕方に何人か集まったの。で私の道案内で訪ねたらぜんぜん知らない人が出てきて──」

「え、それってまさか・・・・」

「そのまさかよ。それが先生だったわけ」

「!!」


 英美とまったく同じ──おぞましい事実の連なりに冷水を浴びせられたような恐怖が美鈴の全身をおおった。




 


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