[連絡]

 周囲の家々が騒然とする中、消火活動が終わった。

 幸い、と言えることでもないが結果的に家は全焼ではなく二階だけが8割方燃えた半焼に近い状態だった。

 そして英美の母の咲子はというと台所の勝手口から出た裏庭にしゃがみ込み、何故か大笑いをしていたという。

 英美の家の近所に美鈴の母のパート仲間の中田久仁恵がおり、各家から出てきた人々や野次馬の中にその人物を見つけ利津子が話しかけると驚きからの躁状態でうわずった声で見たままを教えてくれた。


「ここの奥さん、今ちょっと前に救急車で運ばれて行ったんだけどどこの病院なんだか場所がわからなきゃお見舞いにも行けないわよね。様子が変だったからもしかして精神の方の病院だったりするかもしれないけど」

「様子が変ってどんな?」

「それが馬鹿笑いみたいな大声でね、聞くに耐えなくて。なんだか意味不明なことを叫んでたし」

「意味不明?」


 美鈴と利津子は思わず顔を見合わせた。


「そうなの、何だったかな・・・・狭い?のがどうとか。ちょっと普通じゃなかったわね、普段そんな風には見えなかったけど何か病んでたのかしらね」


 その言葉を聞き、美鈴の脳内に再びあの声が響いた。


『いいのいいの、いいーのよぉ、だぁーってぇ、狭くなるんだもの、狭くなっていいって言うんだものぉー、あっはははははは』


 身震いがし、美鈴は思わず二の腕を両手で抱えた。


「そう言えば娘さん、まだこのこと知らないんだわ。 旦那さんは確か単身赴任で居ないから娘さんにまずは連絡しないと。今は学校かしらね」


 いかにも、困ったわねぇ、という表情で中田久仁恵がひとりごとのように言う。

 近所とはいっても英美とパート仲間の利津子の娘の美鈴との関係はまったく知らないらしい。

 その時、一台来ていたパトカーから降りて来た警官が美鈴たちに近づき会釈をした。


「こちらの御家族の連絡先を御存知ありませんか?」


 まだ20代らしき若い警官が親しみやすい笑みでそう尋ねた。


「さぁ? こちら娘さん一人の三人家族でご主人は単身赴任で遠方にお勤めらしくて。その娘さん、大学生なんですけど今は学校にいるじゃないかしら。早く連絡が取れないと困りますよねぇ」


 声のトーンをまだうわずらせたままで中田久仁恵がペラペラと喋る。

 いかにも話好きでお節介なおばさんといった感じだ。


「あの・・・・」

「はい?」

「私、友達なので・・・・連絡してみます」

「あ、そうですか、じゃお願いします」


 ホッとしたような表情をした警官とは裏腹に中田久仁恵は「あら、そうなの?」と言い、少し不満げな顔つきになった。

 たぶん何事においても場を仕切りたがるタイプなのだろう、自分が主役から一気に蚊帳の外になったようで不服らしい。

 急にテンションの下がった声で「じゃ利津子さん、またね」と言い、自宅へと戻って行ってしまった。


 美鈴は時刻を見、ちょうど講義が終わった頃だと思いまずはLINEをし、さらに電話も掛けてみた。

(留守電・・・・)

 仕方なく至急連絡がほしい旨を吹き込んで切った。


「折り返しかかってくるとは思うんですけど・・・・」

「ではお話が出来ましたらこちらにご連絡を頂けるようお伝え下さい」


 そう言って警官は名刺を一枚差し出した。

 

「はい、わかりました」

「では」


 パトカーに戻って行った警官。

 するとそのタイミングで美鈴のスマホが鳴った。

 英美からだ。

 一瞬の躊躇のあと、美鈴は通話をクリックした。


「もしもし、英美? 今ね──」


 すると言いかけた言葉を遮り、電話の向こうから強い口調が飛び出した。


「シュンリンだよ!」

「!?」


 再び寒気に襲われる美鈴。


「え、ちょっと、大事な話があるんだけど真面目に聞いて」

「聞いてるよ」

「だから今、英美の家の前に──」

「誰よ、英美って! 私はシュンリン! シ ュ ン リ ン ッ だよっ!」


 電話は切れた。

 

 




 


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