[火災]
「美鈴、帰ってたの? 大学は?」
リビングのソファーに脱力で横になる美鈴に早番のパートから帰宅した母、利津子が声をかけた。
「何? 体調でも悪いの?」
「そうじゃないけど・・・・ちょっと」
「そう? でも顔色が良くないわね、風邪の引き始めかしら」
「風邪じゃなくて・・・・」
「ん?」
「・・・・大丈夫だから」
「ならいいけど」
たぶん今、自分はかなり酷い顔をしてるんだろう、と美鈴は思った。
徒歩で30分ほど離れた距離の英美の家を飛び出し、恐怖に追われるように駆け足で駅前の商店街を抜け自宅に戻ると靴も脱ぎ散らかしたままリビングに飛び込みソファーに倒れ込んだ。
『あっはははははは』
英美の母、咲子の狂気じみたあの笑い声が耳について離れず、美鈴の神経を乱す。
母に目をやると買い物の品を冷蔵庫に入れながら呑気に鼻歌など歌っている。
「あ、そうそう、これ」
「え?」
おもむろに身を起こした美鈴に、利津子が手に持った缶詰を見せた。
「高級桃缶! 賞味期限が2ヶ月を切ってるから半額になってたのよ。お得でしょ? 5個買ってきたから英美ちゃんに2個上げたら? 咲子さんも桃好きだし」
「ひっ」
「え? 何?」
「む・・・・」
「む?」
「む、無理・・・・無理無理無理っ」
「えっ、ちょっと美鈴、何なの? どうしたの?」
「こ、怖い・・・・」
「怖い? 何が?」
「おかしく・・・・おかしくなった・・・・怖い・・・・怖い」
「美鈴っ、しっかりしなさい。何かあったなら話しなさい」
「・・・・」
「美鈴っ」
────────────────────
「・・・・本当なの?」
「うん・・・・」
「・・・・」
母の言葉の圧に迫られ事態のすべてを話した美鈴。
そして娘の尋常ではない
2人だけのリビングの空間に何とも言えない雰囲気が漂っている。
「信じ・・・・ないよね、普通・・・・」
「うーん・・・・正直かなり頭が混乱する話だけど、でも英美ちゃんのことは実際みんなが見てるのよね?」
「うん」
「誰が見てもそのナントカちゃんにそっくりだって?」
「驚いてた。だって整形だとしても完璧に瓜二つにするのは無理なレベルで・・・・あ、この子」
スマホで検索し、美鈴はシュンリンの画像を利津子に見せた。
「あら、綺麗な子!お人形さんじゃない・・・・え、この顔になったの? 嘘でしょう? だって英美ちゃん──」
「うん、元はあんこ丸子だった」
『あんぱんに目鼻で~す』がウリの女芸人、あんこ丸子に似ていた英美の元顔が美鈴と利津子の脳裏に同時に浮かんだ。
「でも、どうやったら一晩でこの顔に・・・・現実的にあり得ないことが現実に起きた、ってことだけど英美ちゃんは言わないわけね? どうやったのかって」
「うん・・・・」
英美の変貌と母親の咲子の豹変についてを美鈴はすべて話したが、ただ、早苗が言った〈悪魔〉については話していない。
母の利津子は考え方がわりと柔軟で、都市伝説やオカルトめいた話題にも『まあそんなこともあるのかもね』程度には聞く耳を持ってはいるが洋物ホラーを怖がる一面もあるため話すのがためらわれたのだ。
「それに咲子さんまでそんな様子だなんて一体どうしちゃったのかしら・・・・私ちょっと行ってみようかな、心配だし」
「えっ、英美の家に?」
「だって咲子さん今ひとりでしょ? 様子が変なら放っておけないし」
「でも・・・・」
「美鈴は休んでていいから。私だけ行ってくるわ」
「だったら・・・・私も行く」
「え、でも怖いんでしょ? 震えてたじゃない」
「お母さんと2人なら大丈夫。中にはちょっと入れないかもだけど・・・・」
「そう? じゃ行ってみましょう」
本当は行きたくはなかったが、咲子を案じる母の気持ちも理解は出来たため、美鈴は同行を決めた。
1人で行かせることへの不安ももちろんあった。
────────────────────
「ええっ?!」
「やだっ、何でっ?!」
自転車で2人が向かった先、英美の家。
路地の角を曲がると見えてくる家。
馴染みのある木造二階建ての───
が
今 まさに
燃えていた。
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