[狂気]

(だ、だめだ、こ・・・・怖い)


 美鈴は入りかけた教室からじりじりと後ずさりをした。

 英美の異常な言動、焦げたような異様な匂い──早苗の話と相まって恐怖が美鈴を支配した。


「えーっ?!」

「シュンリン?! 嘘でしょ?!」

「うわ、似てるーっ!」


 教室の中で英美に対する驚愕の声が上がる中、美鈴はきびすを返した。

 もう講義どころではない。

 一刻も早く異形と化したような英美と離れたかった。


(無理・・・・あり得ない)


 早足で校舎から出ると駆け足になり校門まで走った。

 振り返ることなく歩道に出るとようやく少し落ち着き、同時にある考えが脳裏に浮かんだ。


(そうだ、家・・・・英美の家に行ってみよう)


 子供の頃からいつも優しく良くしてくれている英美の母、咲子。

 その親しみやすい笑顔が目に浮かぶ。

 娘のこの変貌を親として一体どう思っているのか、どんな受け止め方をしているのか、

そして何より昨夜の英美にどんなことがあったのか──美鈴の頭の中に聞きたいことが一気に渦を巻いた。


「あ・・・・」


 スマホが鳴った。

 英美からのLINE。

 また姿を消した美鈴への、どうしたのか? という問い。

 体調不良で帰宅する、とだけ返信し美鈴は駅へと歩き出した。


────────────────────


 最寄り駅から徒歩20分ほどの住宅地に建つ見慣れた戸建。

 これまでに何度も訪れた英美の家の前に美鈴はいた。

 門扉を開け中に入り玄関ドアの前に立つと、何故か初めて感じる緊張感が美鈴を包んだ。


 と、その時──


 ガチャッ


「あらぁ、美鈴ちゃんじゃない。どうしたの? 英美と学校に行ったんじゃなかった?」


 いきなりドアが開き、英美の母の咲子が顔を出した。


「え、あ、こんにちは。ちょっとあの──」

「まあまあ、とりあえず上がって。久しぶりよねぇ」

「あ、じゃ、お邪魔します」

「どうぞどうぞ~」


 いつもながらの陽気な声の咲子にうながされ、美鈴は玄関の中へと入った。

 

「前に来たのはいつ頃だったかしらね?」


 通されたリビングのキッチンカウンターの向こうで飲み物を用意しながら咲子が言う。

 

「確か、2ヶ月くらい前──」

(?!)


 瞬時、美鈴の鼻先にふいにまた"あれ"が漂った。

 焦げたプラスチック臭。

 一気に恐怖が押し寄せる。


「あのっ」

「ん? なぁに?」

「英美・・・・英美の顔、あれどういう──」


 ことなのか? と言いかけた時、突如、咲子が大きく口を開け笑い出した。


「あっははははは、あーっはははははは」

「えっ、あのっ──」

「はーっはははははは」

「ちょっと、あのっ──」


 そのあまりの奇異な豹変に一気に顔面蒼白になった美鈴。

 そして恐怖心で固まる美鈴に、次の瞬間、咲子が言い放った。


「いいのいいの、いぃーのよぉ、だぁーってぇ、狭くなるんだもの、狭くなっていいって言うんだものぉー、あっははははははは」


「ひ・・・・あ・・・・」


 声にならない叫びを上げ、美鈴は弾かれたように家を飛び出した。


 

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