[臭気]

「どこ行ってたのよぉ、急にいなくなるんだもん」

「ごめん、ちょっとお腹痛くなっちゃってトイレ」

「あ、そうだったの。大丈夫?」

「うん、大丈夫」

(やっぱり変・・・・)


 早苗が語った異様な内容の話を聞いた直後にあらためて見る英美えいみの顔は、造作は完璧でも、いや完璧なだけにかえって不気味さが増していると美鈴は思った。

 悪魔という人智を超えた存在がやったことだと100%信じたわけではまだないが、かといって他にこの"顔面だけ一夜でシュンリンに変わった現象"を説明出来る分野の想像がつかない。


(どんな科学でも無理・・・・だよね)


「──て言われてさ、どう?」

「・・・・ん?」

「え、話聞いてない? 合コンだよ、合コン」

「合コン・・・・誰が?」

「は? ぜんぜん聞いてないね? まだお腹痛いの?」

「あ、ううん大丈夫、ごめん。で、合コンするって話?」

「そうそう、さっき木嶋ちゃんがさ、私がシュンリンになったからって合コンしたらモテるよ、やろうよ、なんて急に言い出して。なんか早速やる流れになって。もちろん美鈴も来るでしょ?」

「え・・・・どうしようかな・・・・」


 外で早苗と話をしている間に英美は周囲を取り囲んだ友人たちとそんな能天気な会話になっていたのか、と、美鈴は少し呆れた気分になった。

 そしてそれ以上に引っ掛かったのが英美の精神状態だ。


(シュンリンになった? いや顔だけ・・・・でもまさか・・・・)


 はたから見れば全体の容姿はそのままで顔面だけ激変の奇妙な状態にも関わらず、英美の言い方からするとまさかスタイルも含めてすべてがシュンリンそのものになったと思い込んでいるのだろうか?──その可能性を否定出来ないことに美鈴はゾッとした。


(あれ?)


 廊下を並んで歩く美鈴の鼻先に、ふっ、と妙な匂いが漂った。

 プラスチックが焦げた時のような嫌な匂い・・・・。

 

「何?」

「ちょっと何か、焦げ臭くない?」

「焦げ臭い?」


 辺りを見回す美鈴につられて英美も匂いを嗅ぐ仕草をした。


「しないけど?」

「う~ん、今確かに・・・・ん?」

「え?」

(これ・・・・英美の匂いだ・・・・)


 間違いない──美鈴は表情を歪ませた。

 どの部分から? は分からないが、うっすらとではあるが確かに英美から焦げたような匂いが放たれている。


(何なの、これ)


 感覚的に"良くないモノ"を感じ、無意識の防御本能なのか英美との距離を開けるかのように美鈴は思わず足を止めた。


「何やってんの? 行こうよ」


 そううながされ、何とか歩き出しはしたものの、自分の心の中に英美に対する恐怖にも似た感情が沸き上がるのを美鈴は感じていた。


 やがて教室に着き一歩足を踏み入れた時、突如、英美が奇声に近い声を上げた。


「ハァ~イ、シュンリンでぇ~す」


「!?!?!?」 


 ギョッ、とした。

 ゾッ、とした。

 美鈴の全身に寒気が走った。


(い、異常だ・・・・)


 立ち尽くす美鈴の目に映る英美の姿。

 それはもう、幼い頃から同じ時を歩んで来た"あの英美"ではなくなっていた。


 


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る