[悪魔]
「それ・・・・えっと・・・・それってあの──」
悪魔──特異な響きのその言葉の唐突さに、美鈴はしどろもどろの口調になった。
が、だからといってその原因、理由が悪魔との契約?!
正直、ピンと来ない。
絵空事のようでリアリティが無くイメージが湧かない。
「うん、わかる。何言ってんの? ってなるよね普通。でも事実」
「事実・・・・」
「そう」
早苗の真っ直ぐで真剣な目を見れば嘘をついたりからかったりしているわけではないことは美鈴にも分かった。
ただ、英美のあり得ない変貌とそれが"悪魔との契約"だという話は脳が混乱するばかりで理性的な解釈と理解が出来ない。
もとより日本人にとっては〈霊〉という言葉からなら存在の確認は出来なくても昔から怪談というジャンルもあるだけに信じる信じないは別にせよそれなりにイメージは湧く。
が〈悪魔〉となると正直なんとも言えない。
自分がキリスト教とは縁も
「ごめん、ちょっとすぐには頭の中が整理出来ないけど確かに異常なことが英美に起きてるのは分かる。けど──」
「けど?」
「その、悪魔と・・・・て話、何でそう思うの? 断言出来るの?」
「ああ、私が?」
「うん・・・・」
当然の疑問を口にした美鈴の言葉に早苗は一瞬黙り、
そして──
「2年前、Y市で起きた通り魔事件を覚えてる?」
「え、 通り魔?」
話がいきなり明後日の方に飛び、面食らった美鈴は早苗を凝視した。
「駅前でわめきながらカッターを振り回してカラオケ屋に飛び込んで重軽傷者が数人出て、ってやつ。大騒ぎになったでしょ? 覚えてない?」
「ああ、あったね」
美鈴の脳裏に当時のニュース映像が一瞬浮かんだ。
「あの犯人、昔通ってた塾の先生だったの」
「え、そうなの?」
「うん。もっと言えば遠縁の人で、まあかなり遠いんだけど」
「そうなんだ・・・・でもそれが英美の件とどういう──」
「単刀直入に言うね。契約してたのよ、先生も」
「えっ?!」
英美の話から逸れた先にそんなオチがあるとは思わず、美鈴はまさに目が点となった。
「ちょっと待って・・・・」
そう言うと早苗はバッグからスマホを取り出し何やら操作をし始めた。
「これ、先生が逮捕された時と移送の時の顔、よく見ておいて」
言われて画面を見る美鈴。
ニュース映像のスクショらしい画像の男性は(39)と出ているが、にしてはかなり若く見える。
しかも端正なイケメンだ。
「で、こっち。どう?」
そう言って次に見せられた画像に美鈴は首を傾げた。
年配の別の男性が写っている。
「これは?」
「同じ人、先生よ」
「ええっ?」
「驚くでしょ?」
「ちょっ・・・・どういうこと?」
「見たままよ」
「だって見た目も年も・・・・こっちは50代に見えるし」
「うん。とりあえずもうひとつ、これも見て」
早苗は次にタワーマンションの画像を見せてきた。
いかにも高級そうな高層だ。
「先生が住んでたマンション。でもね──」
再び画面を操作し美鈴の前に差し出した。
そこにはいかにも古くあちこち傷みが目立つ築年数が数十年もありそうな小さな平屋が写っている。
「これは?」
「タワマンに移る前の先生の家」
「!?」
「私たち生徒はこの家の裏のプレハブ小屋に通ってたの」
「・・・・」
「言いたいこと、だいたい分かる?」
「・・・・つまり、この人の変わりようも突然、とか──」
「そう、その通り。ほとんど一夜にして・・・・ね? 同じでしょ、彼女と。びっくりしたわ」
「うーん・・・・」
美鈴の脳内は自身でも制御不能なほどに混乱した。
三次元の世界の"当たり前"にしか接してきていない身としては無理もない。
「でもその先生がその、悪魔と契約をしてたっていうのは・・・・つまり──」
「証拠?」
「う、うん、何かごめん、疑ってる訳じゃないんだけど・・・・」
「ああそれはいいよ別に。私だって先生の家で──」
その時、美鈴のスマホが鳴った。
「あ、英美・・・・」
「授業?」
「うん、もう行かないと」
「私もだ。じゃ話の続きはまた後で」
「うん」
「あ」
「え?」
「彼女にはこの話はしないで」
「ああ、うん、もちろんしない」
早苗の言い含めに美鈴は何度か深く頷いた。
(いくら幼馴染みでも、あんた悪魔と契約したんだって? なんて聞けるわけがないよ)
そして2人は近い内に会うべくLINEを交換し、それぞれの場所へと向かった。
(先生の家で、って・・・・何だろう?)
早苗が言い掛けた言葉。
それは美鈴の中にえも言われぬ不気味な余韻を残していた。
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