Day28 ヘッドホン


 駅から二本目の交差点を右に曲がって、次の路地を覗くと角の喫茶店の奥に中古レコード店があってね――そのお店の一番奥の棚の試聴用のヘッドホンから、レコードに入ってるはずのない声が聞こえるんだって……。


「なにそれ~! 都市伝説ってやつ?」

 きゃははは……緩めた襟元に申し訳程度にぶら下がるリボン、太腿どころか下着まで見えそうな短いスカート――ブレザー制服を着崩し、さらに派手めのメイクとネイルアート、蛍光色の大きなピアス、不透明マーカーで通学鞄に落書きを施した少女たちが、はしゃいだ笑い声に沸く。

「それ、どこの駅よ~」

「ていうか、誰から仕入れてくんの? そんな話~」

 けたけたけた……屈託なく大声で笑う少女たちの誰が最初に提案したのか、彼女はきっと知らない。

「ホントにそんな店あるのか、見に行ってみよ~」


 きゃーきゃーと走りながらひとつ目の横断歩道を渡り、ふたつ目の交差点では渡らずに歩道を右に曲がった――次に右側から交わる路地はあるかと辿っていると、左折する対向車とその手前に喫茶店らしき店舗が見えた。

「え? うっそ……」

 ぱたぱたと駆け寄って覗き込む――はたして、喫茶店の従業員口と思しき扉のさらに奥に、黒ずんだ雨除けテントのさしかかる、中古レコード店は存在していた。

「マジ、入るわけ……?」

 さすがに、ぼそぼそぼそ…声のトーンを落としながらもぞろぞろ店に乗り込んでいく少女らに、彼女もつい従っていた。

 レトロポップアメリカンにまとめられた店内は、思いの外に整理整頓されている――試聴装置は、入り口すぐにあるレジカウンターから見て、壁側の棚と真ん中の表裏ぎっしりとレコードの並ぶ棚の手前に一台ずつ、それから……壁側の奥、L字に曲がる角に一台。

「これ?」

 少女のひとりが手に取って、一同を窺う。

 やろう…とも、やめよう…とも言う間もなく――ヘッドホンを被ると、四曲選べるらしいうちのボタンをひとつ押した。

「……!」

 ほどなく、少女は息を呑む。見て分かるほど……顔から血の気が引いていく。

 震える手でヘッドホンを外した少女は、無言のまま隣にいた少女にそれを手渡し――その少女もまた、ヘッドホンを耳に当てると間もなく、目を見開いて唇をかみしめた。

 順繰りに受け渡されたヘッドホンは、最後に彼女に手渡される。

 拒否することもできたかもしれないが、本当だろうか……好奇心もあった。

 息を呑んで、ヘッドホンを被る――知らず緊張していた彼女は、気付かなかった。

 少女たちが目配せをしあったことを。


 フェイドアウトしていく音楽とは別に――おそらく、聞こえたそれは女の声……。

『……で――。こっ……、……で』


「ひっ……!」

 悲鳴を抑え込み、ヘッドホンを投げ出すと……一斉に店から逃げ出した。


 どこをどう走って家に帰ったのか、いつ他の少女と別れたのかもわからない――。

 全員そうだったのだと思っていた……。



 だから、彼女はきっと最期まで気付かない――彼女ひとりだけが、知らされていないことを。



 駅から二本目の交差点を右に曲がって、次の路地を覗くと角の喫茶店の奥に中古レコード店があってね――そのお店の一番奥の棚の試聴用のヘッドホンから、レコードに入ってるはずのない声が聞こえるんだって……。

 聞いてしまったら、三日以内に他の誰かに聞かせなくちゃいけない。

 そうしないとね……。


 声の女が、迎えに来てしまうんだって……。




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