Day26 深夜二時
これは、自分の体験談――。
高校を卒業して実家を出るまで、二段ベッドの上階に寝ていた。
下段は兄が使用していたが――その頃には、進学で家を出てしまっており、季節がら使わない布団が埃避けの布をかけて積まれていたり、取り込んだ洗濯物を畳むまでの一次置き場になったりしていた。
兄が中学にあがった年、兄妹の生活ペースがずれはじめたため就寝時間の早い自分の使用する上段側にカーテンが付けられた。個室らしい個室のない田舎の平屋建てで育った身としては自分だけの空間ができたことが嬉しく、設置してもらった日は寝る時間が来るのが楽しみでそわそわしたほどだった。数年後、子供部屋が自分だけのものになったあとも就寝時にカーテンを閉めるのは習慣になっていた。
特に眠りが浅かったわけではなかったが――その夜、背中を風に撫でられたような気がして目が覚めた。
カーテンが開いたのだと認識したが、目蓋越しにうかがう室内はまだ暗い……うっかり寝坊して、母が起こしに来たわけではない。
寝言で大声でも上げていただろうか?
それならそれで、眠っている姿を見れば安心するだろう……そのまま、寝直してしまおうとしたのだけれども。
つん――!
立ち去る素振りの見えないまま、後頭部を小突かれた。
つん、つん――!
あまりに――父からも母からも想定できない挙動だった。
「むあ……っ!」
戸惑いと、なにより痛さに耐えかねて、次のとっさ――腕を上げて小突てくる手を叩き返そうとした……のだが。
ぐっ…振り回した手首が、強い力で掴まれた。
そのまま引っ張られて、勢い振り向く――大人であれば顔が覗くほどの二段ベッドの上段から見るこそには、誰の姿もなかった。
にもかかわらず、手首は指のある手で掴まれ――ベッドの縁を越えて、猛烈な力で引っ張り続けられている。
確かに、掴む手だけが見えた――。
その指をこじ開けようと、もう一方の腕を伸ばすも――ひとの手だと思えばこそ、もちろんもう片手があってもおかしくはなかった。
同じように、抗いようのない力で捕らわれた。
なに……?
背を丸め、いくら手首を引き抜こうとしても――ベッドの縁……その下から伸ばされる手から逃れることはできなくて、それ以上を引きずられてしまわないよう、腹に力を込めて蹲るのが精いっぱいだった。
獣じみた力で手首を掴み引き寄せようとする手には、体温を感じない――。
今はベッドの縁により死角になるその先に、なにがいるのだろう……?
このまま引きずられてしまったら、どうなるのか……?
ぐんっ――。
引っ張る力は、あまりに強く執念深く――ついに引き負けた。
ひゅっ…息を呑む。
胸元までが、ベッドの淵を乗り越えた――見たくなかったが見えてしまったのは、しかし……梯子の下の床。
手は、手首から先には影さえもなかった。
けれども、今度覚えた恐怖は――もっと差し迫った現実味を帯びていて。
嫌だ……!
ほんの身長ほどの高さであっても、頭から落ちれば首を折って死にかねない――。
手首をつかんで引っ張るそれの正体はわからないが、目的はそうと確信する。
嫌だ、嫌だ、嫌だ……!
ベッドの縁を乗り越えさせようとする力に、ひたすら耐えながら――声を出すこともできない。
嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ――!
それ以外のなにも浮かばなくなっていたので、その時――なにがあったのか、よくわからない。
ただ、磁石の極が入れ替わるかのように突如、逆方向へ投げ出された。
天井が見えた――布団に仰向けに転がっていた。
頭の両脇に投げ出された腕は、戒めの感覚だけを残して重く、指一本動かない――けれど、全身から、どっと汗が噴出した。
助かった……?
思った次の瞬きの後には、仰向いた時の姿勢そのままに、既に夜は開けていて――けれど、布団は汗でひどく湿っていた。
それは、その一度きりで……。
数十年経った今も――それが、なんであったのかはわからない。
ただの生々しい夢だっただのだと……思いたい。
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