Day23 ストロー


 彼女は、白いリボンのついた、つば広の麦わら帽子を被っていた。

 白いサンドレスの裾を翻し、栗色の長い髪をなびかせて――彼女は、ペンションを訪れる若者たちのひと夏のマドンナだった。

 取り巻いてはしゃぐにはあどけなく清楚で、しかし保護者ぶって囲い込むには穏やかながら確固たる意志を持った――気安くあるが礼節をわきまえた距離以上は近づきがたい、高嶺の花のような少女だった。

 木立を散歩していたり、湖にボートを浮かべていたり、桟橋の先の東屋で読書をしていたり――時には、うっかり時間を忘れて吊りに興じる客たちに食事の時間を知らせに来てくれたりもした。

 ペンションを去る日には、湖の半ばまでボートを漕ぎ出し、車から見えなくなるまで見送ってくれた。


 湖で事故があったと聞いたのは――三度目の夏を過ごし、帰途についた後だった。

 同じ湖を囲む近くのペンションに泊まっていた、まだ若い起業家たち三人が溺れて見つかったと報道された。酒を飲んだ状態で、湖にボートを出し――そのボートが老朽化していたため、成人男性三人分の重さに耐えきれず湖の深いところに投げ出されてしまったとみられた。

 その後、一時、静かな保養地は捜査員のみならず清濁入り乱れた報道陣が押し寄せて、各ペンションの方から客にキャンセルを願い出るほどであったようで――さらに、テレビに映し出されたボートの破片を見るに、あの少女のボートが無断で使用されていたのではないかと思われ……取材こそされなかったようだが、彼女も不安な日々を過ごしたのではないかと心配した。


 けれども、翌年は――彼女を見かけなかった。

 年の頃を思えば、遠方の大学に進学したとも考えられるだろうか。

「娘さんは、お元気ですか?」

 夕食後、コーヒーを共に語らうオーナー夫妻に問うてみれば、しかし――気のいい夫婦は、揃って目を丸くして首を傾いだ。

 曰く、調理師免許をとって市街地のレストランで修業中の息子ならいるが、娘はいないと――。

「え? でも……」

 彼女の容姿をあたふたと説明するうちに、夫婦は――今度は、顔を見合わせて青ざめた。

「それは、もしかして――」

 先代のオーナーのお孫さんではないか……と。

 現オーナー夫妻は、不幸にもペンションを続ける気力を失くした老人から、跡を引き継いだのだと言う。

 六年前、湖に浮かんでいるところを見つかった彼女は、事故として処理されたものの――どうやら公にされなかった事情があった節が感じられなくもなく……失望と絶望を抱えた前オーナーも半年たらずで、すっかり調子を崩して亡くなってしまった、と。


 しかし、そんなはずは……。


 現実的に考えてありえないだろうと……一度は、全員で否定したものの。

 オーナー夫人が奥から探してきたアルバムには――間違いようなく……。



 白いリボンのついた、つば広の麦わら帽子を被った――彼女の姿が残っていた。




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