Day19 トマト


 小学生の頃、夏休みにだけ会える友達がいた。

 山間の町に住む祖父母の家に遊びに行くうちに知り合った近所の子供だった。

 川釣りや昆虫の掴まえ方を教えてくれた。

 いつも戸外を駆け回っているのか、日焼けした痩せた手足に擦り傷や打ち身や……怪我の絶えない子だった。


 その年の彼は、珍しくつばの大きな麦わら帽子を被っていたが、ひどく泥だらけだった。

 転んでしまった……苦笑いをしながら一瞬、顔を歪めたのは、転倒の拍子に口の中を切ってしまっていたのかもしれない。

 大丈夫かと問えば――帰る前に川で泳げば綺麗になるさ……どっちにしても親に叱られるのではないかと思うようなことを言ってのけた。


 それより、今日はいいものがあるんだ――。


 連れていかれたのは、すっかり荒れた畑だった。

 北の隅に建つ平屋建ての持ち物だと思ったが――彼は、ずんずんと伸び放題の草を踏みつけて入って行った。

 誰もいないよ……躊躇っていると、一度振り向いて手招きする。小学生とはいえ高学年にもなれば、『過疎』という言葉を知っていた――この家の持ち主も、便利な都会へ移り住んだのだろう……それはそれで、やはり不法侵入のように思わなくもなかったが。

 無秩序に繁茂する緑の中に、一か所だけまるで違う色が見えたと思えば――艶々と輝くほどに赤く熟れたトマトだった。

 もう誰も来ないから……手慣れた手つきでもがれたトマトに、しばし戸惑ったものの、目の前で齧って見せられ――飛び散った果汁に、のどの渇きを刺激されて、かぶりついた。


 夏の陽射しにぬるまったトマトは、とても甘かった――。


 美味いだろ……得意げな笑顔に、頷き返した。



 忘れないでくれよな……。



 もちろん、忘れがたい思い出になるに決まっている……再び頷き返すと――彼は、いっそう嬉しそうに笑った。



 翌年から、彼に会うことはなかった――。

 あの時のトマトは、本当に本当に美味しかったのだけれど……。


 あれから、トマトが苦手になった。




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