Day18 蚊取り線香



 ふと、目が覚めた。

 あたりは濃い夜の気配に満ちていたが――網戸にして開け放たれた縁側の掃き出し窓の向こうは明るい。

 かつて農家だった田舎の家屋は屋根が大きく軒が深いので、寝間からは窺い見ることはできないが、遅い月が昇ったのだろう。


 真夜中だ……。


 かちこち…と柱時計の振り子の音を意識したとたん、屋外のカエルの大合唱が耳につく。

 それから少し遅れて――嗅覚を刺激したのは、縁側に置かれた蚊取り線香の匂い。

 寝る前に火をつけた渦巻き型の香から立ち昇る――細く淡い煙。

 近年、自宅では液体蚊取りを使用しているが、帰省すれば両親は今も変わらずこうして蚊取り線香を炊いている。

 子供の頃は、家族の寝静まった暗がりの中――じわじわと燃え続ける線香が怖かった。

 懐かしく思い出しながら、見るともなく夜目に白く浮かび上がる煙を眺めていた。


 するするする…長く長く伸びあがった煙が、不意に留まり――濃くわだかまった。

 不規則な濃淡が揺れ動き、見ている間にも……髪の長い女の顔を形作った。


 清楚な美女のようにも気難しげな老婆のようにも――見えた。


 ふぅ……。


 小さな唇をさらにすぼめて吐き出される――細く淡い煙。

 眉尻を下げる表情は、憂いているようにも微笑んでいるようにも――見える。


 ほぅ……。


 やがて、吐息がため息に変わる頃、ぴくり…既に薄れつつあった女の影が揺らいだ。

 ゆっくりと、瞳のない視線が振り向き――見開かれる。

 ふっ…掻き消えるように霧散するのは、口が悲鳴の形を作るよりも早かった。



 線香の香りが、少しばかり――濃くなった気がした。



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