Day17 半年
「半年たったら……」
約束した――。
「どうしたんだ? お前」
一週間ぶりに会う彼は、夏バテにしても甚だしくげっそりと頬をこけさせていた。
「うん――まぁ……」
他社の営業が必ずしもライバルというものでもなく――営業区域は重なれど扱う商品が互いを補う関係にもなりえる彼とは、先輩の指導下を巣立ってすぐの頃からそろそろ一年、出会えばコンプライアンスに抵触しない程度に情報交換をしあい、時に美味くて安いランチを出す店を教え合う仲だった。溌剌とした彼は、老若男女問わず受けが良く――同年代の同じく顔馴染みの営業の間では、一番の出世頭だろうと目されていた。
そんな彼が、土気色の顔をして今にも倒れそうな不安定な足取りで炎天下を歩いていた――擦れ違った一瞬、別人かと二度見したほどだ。
お決まりのように――気にしないで……言われたものの、当たり前に気にしないでいられるわけはなく、手近にあった空調の聞いた喫茶店に引っ張り込み、アイスコーヒーは少し辛そうだったので無難なソーダ水を注文してやった。
「なにか、病気か? 医者にはかかったのか?」
隈にまとわりつかれた目元を覗き込んで畳みかけると――ゆるゆると首を振った彼は、ぽつり…溜め息のように力ない声をこぼした。
「半年、たったから……」
「はぁ……?」
この場合、問い返さない方がどうかしていよう――思わず強く響いた語尾に、彼は途切れ途切れに語り始める。
曰く――田舎に、恋人がいたのだと。高校時代、半年のお試し期間を経て正式に交際を開始し――彼が、大学進学のために田舎を出てからも、地元の役場に就職した彼女と遠距離恋愛を続けていたという。
「半年たったら……と」
大学を出て、仕事に就いて―――半年たったら、迎えに戻る……そう言って、田舎を出てきた。
進学して最初の半年ばかりは、時間を見つけては電話をしたものだったが、やがて大学での人間関係が広がるとともに週に一回、月に一回と減って行った。盆暮れ正月と帰省した際には、町内の祭りや初詣に同行したが、距離と彼女に仕事があることを理由に、都会に遊びに来いと言うことはしなかった。
子供の頃から住んでいた田舎を出てみると――そこはとても窮屈で、温かく思えていた人間関係の濃密さは煩わしいばかりに感じられた。
彼女はとてもいい子だったけど、素朴な素直さがしだいに愚直に過ぎなく思えはじめた。
自然消滅してもいいかと――大学にいる間に、サークルやゼミの女の子と交際したりもした。
卒業する頃には、帰省もしなくなり――連絡も取らなくなったまま、就職した。
「それで、半年たったんだけど……」
もちろん、迎えに帰りはしなかった――。
半年たったよ……一度、留守番電話にメッセージが残されていたが――気付かない振りをした。
それからさらに半年たつ頃、薄墨で書かれた葉書が届いた。
彼を待ちわびた彼女は病みつき――帰らぬひとになっていた。
娘はずっと信じていいました……余白に、彼女の母親の文字が震えていた。
ところが――。
「留守電に、新しいメッセージが入ってて……」
半年たったら……それは、間違いなく彼女の声だった。
そして――。
「半年たったから……」
彼女は来たのだと……彼は、自身の肩に手を触れた。
「約束は――やっぱり、守らないといけなくて……」
彼の両肩には、痩せた青白い手が掴まっていた。
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