Day16 窓越しの


 子供の頃、気管支が弱く――たびたび炎症を起こしては数日、入院するようだった。

 その年の夏はいつになく暑く、体力をそがれてしまったためか、いつもより重い症状が長引き――かかりつけの医師に、空気が良く比較的涼しい高原地帯の保養所を紹介された。

「夏休みに、いなかのおばあちゃんの家に行くとでも思うといいよ」

 近くには医師の恩師が小さな診療所を開設しており――保養所は、元は恩師の父親が院長を務めていた病院の入院施設のひとつであったらしい。もちろん、看護士の見回りもあり、専属の栄養士が日々の食事を考えてくれる。

 両親は仕事のために常には付き添えないが、その頃にはすっかり入院慣れしてしまっていたうえに――もう親がいなければ眠れないような年齢でもない。

 むしろ、始めて行く『高原』というものに、少しばかり……憧れの翼をはばたかせたものだった。

 現地に着いてみれば、『高原』とは名ばかりの……ただの山奥であったりなどしたが。


 それでも、確かに――比較的涼しく、空気も咽喉に絡むようではなかった。

 近年問題になっている過疎化が進む前から、隣りといえど十五分や二十分歩くのが普通であったらしく――保養所の周囲も特になにがあるではなかったが、朝もやを透かして見る緑や天を突く樹々より高く濃密な星空は充分に美しかった。

 もっとも、到着したばかりの頃は――それどこでなく体調が優れず、ベッドに横になったまま窓越しに陽の光の降り注ぐ庭を眺めるともなく眺めていただけだったのだけれども。

 一日中眺めていれば、庭には蝶や小鳥や……時には、猫も訪れた。

 それから、地域への貢献として開放されているのだろう――自分と同じ年ごろの子供が、木陰に立っていることもあった。子供はひとりではなく、男の子だったり女の子だったり、年齢も若干上下しただろうが――入れ代わり立ち代わり、陽射しから逃げるように佇んでいた。

 きっと、よそから来た子供が珍しいのだろう……今になってみれば、さすがに気分のいいことではない気もするが、時代や年齢による感性の違いというより、やはり家族と離れてひとりで過ごす時間がどこかで寂しかったのかもしれない――誰の姿も見ないと、少しつまらなく感じることもあった。

 後々思い返すと――彼らは、両親や医師や看護師や……誰かが一緒にいる時に、現われることはなかった。


 あの時を除いて。

 そして、あの時を境に――。



 夜中に、咳が止まらなくなった。

 合間になんとか息を吸おうにも、ひょうひょうと咽喉が震え――また、吸うほどに、咳込まずにはいられない。

 ナースコールに手を伸ばしたものの、咳で震える指が枕もとのそれを弾き飛ばしてしまう。

 幸い、コードに繋がったそれは床に転がるようなことはなかったが、ままならない呼吸に――コードを辿る手にも思うように力が入らない。


 誰か……。


 息苦しさに涙の浮かぶ視界――灯りがなくても見えたのは、月が明るかったのだろう。

 窓辺に、彼らが並んでいた。

 窓のすぐ外から――はっきりと、部屋を覗き込んでいた。


 助けて……。


 縋る思いで送った視線は、しかし――とっさには、意味を理解しかねた。

 笑っていた――いや、表情はないに等しかったかもしれない……けれども、彼らの瞳は一様に期待に満ちてらんらんと暗い輝きを放っていた。

 その後、咳と物音を聞きつけた巡回の看護士が駆けつけ、処置を受けている間も――呼吸が落ち着き、疲れて眠りに落ちる間際まで……ずっと。



「なんだぁ……」

「違ったのか――」

「まだ、こっちに来ないんだ……」



 口々に吐き捨てる――子供の声が、遠ざかって行った。





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