Day10 散った


 母方の祖母の他界する前夜、夢を見た。

 田舎にある祖母の家の壁に、現実には存在しない見事な薔薇が蔓をのばしていて、白い花を咲かせていた。

 一番大きな花が、早回しの映像を見るように力をなくて、はらはらと散り落ちた。

 翌日の午後、祖母は息を引き取った。

 歳も歳であったし長く寝付いていたので、親族一同、驚くことはなかったが、臨終の枕辺で母だけが微かに首を傾いだ。理由は、程なく分かった――再び同じ夢を見たのち、伯父が公共交通機関の事故で亡くなり……不気味に感じて相談したところ、以前は母がその夢を見ていたのだという。

「おばあちゃんの時、夢を見なかったのは――あなたに夢が移っていたからだったのね」

 父を見送った時もやはり前夜に同じ夢を見たが、兄夫婦に子供が生まれる時には蕾が開花する夢を見たので――決して、死を予見する力というわけではないようだった。


 その年の夏、その頃には従兄家族が暮らしていたかつての祖母の家に、お盆を前に他の従兄弟家族も交えた一同が会していた。そろそろ足の弱くなり始めた母に、自分で好きに歩き回れるうちに生家をしっかり憶えておいてもらおうと、気遣ってくれたのだった。

 母の世代はもう母だけになってしまっていたが、従兄弟同士近況を語り合い、子供たちは昼間は虫取り、夜は花火に興じた。

 そんな夜に、よもやまさか――あの夢を見た。

 壁に延びた蔓に咲く花の数は、親族全員の人数と同じであると、もう知っている。

 それが全て、ゆるゆると萎れ花びらを落とし始めたのだ。

 ここにいる全員に、なにが起こるというのか――?

 恐怖に声も出せずに立ち尽くす……。

 全身の震えは、しかし――気付けば、母に強く揺さぶられている振動だった。

「ひどくうなされていたから……」

 心配する母に夢の話をすると、とっさ息をのむ様子ではあったが――そう思って急いで揺り起こしたのだと、総毛だつ頬をして訴えた。

「花はまだ、散ってしまってはいなかったね?」

 どうしよう? どうすれば?……恐怖のあまり繰り返すばかりの疑問符を遮った母の声は、近頃にはなく強く。

 おかげで少し落ち着きを取り戻したことで――その異変に気が付いた。

「なにか……焚火みたいな臭いがしない?」

 慌てて窓を開けると、母屋の影がオレンジ色に明るい。

「火事!? 火事よ! みんなを起こさなきゃ……!」


 パジャマ姿にサンダルや運動靴をともかくつっかけて全員が庭に揃った時には、それとわかるほどの炎と夜目にも真っ黒い煙が高く立ち上がっていた。

 近所で知らせてくれたらしい消防車が到着し、大勢が立ち動く中を救急隊や警察官――それからやはり、近所のひとに庇われて避難した。

 建物は全焼してしまい、出火原因は不明なままになってしまったが……全員、けがもなく無事だった。



 母が世を去ったのは、それから五年ほどの後――。

 あの夢は、見なかった。




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