Day9 ぱちぱち


 練習をした。

 練習するしか、方法はなかったので――ひとりで練習をした。

 スタジオを借りるお金などなかったので、公園の片隅で踊り続けた。

 ひとつしかない照明灯をスポットライトがわり、身に着いたリズムだけを頼りに、音楽もなく歌もなく踊り続ける姿は傍目に奇妙であったかもしれないが、繁華街と住宅街に背中合わせに挟まれた申し訳程度の公園は、忘れ去られたような一角で――夜間だけでなく、昼間もめったに人が通らない。おかげで――かえって夜間も比較的安全だった。

 そういえば……と気付いた時には、それが初めてではない感触を覚えていたから、我ながら驚くほど踊ることに集中していたらしい。


 ぱちぱち……。


 照明灯の光に透かす視界がギリギリとらえることのできる灌木の茂みの奥から時おり、ひとり分の控えめな拍手が聞こえる。

 誰何しようかと思ったこともあったが、伺いやると気配を顰める様子を感じたので――おそらく、不法にその茂みをねぐらにしている者がいるのだろう。煩い視線を感じるでもなく、踊りの邪魔をされるわけでもない――むしろ、拍手は悪い気のするものではないし、どうやら演技の出来不出来によって、拍手の回数や力強さが変わるようにも思われた。

 ひとりきりで踊るよりも――張りが出た。


 ぱちぱち、ぱちぱち……。


 日に日に、拍手の増えるのが嬉しく、誇らしかった。

 劇団でも目を見張る上達ぶりだと期待されるようになった。

 そして、ついに――タイトル・ロールではないものの、作品を象徴する重要なソロを持つ役を射止めた。


 演出家による指導を受ける舞台での稽古に移る前夜――もう、ここに通うことはなくなるのだろうと思いながら、見守ってくれていた拍手の人物への感謝の思いを込めて、憶えたての役の振り付けを踊った。


 ぱちぱち、ぱちぱち、ぱちぱち、ぱちぱち……。


 力強さはないが長い拍手に、カーテンコールのように深く深く頭を下げた。



「やだ……この住所って、あなたのアパートの近くじゃない?」

 稽古場の食堂のテレビが流すニュース映像には、見覚えのある公園のあまりなじみのない昼間の光景が映し出されていた。

「死後一年程の白骨死体ですって……」

 引っ越すなら、手頃な物件紹介できるわよ……仲間の声は、耳を素通りする。

 立ち入り禁止の虎縞テープの向こう、ブルーシートに覆われた盛り上がりに、目が奪われていたから。


 そこは、あの灌木の茂みだった。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る