Day6 呼吸


 睡眠時間は充分なはずなのに、疲れが取れない。

 転勤で引っ越したばかり――準備や片付けによほど疲れていたのだろうか。

 あぁ、それなら……と、一週間ほど訝しんで、思い至った。

 昔から、疲れがたまってくると寝ている間に呼吸が止まることがあるらしいのだ。ふくよかな人に多いと思われているが、顎が小さい場合もなりやすいという。学生時代に、合宿等で同室だった友人らに指摘されて自覚した。

 呼吸が止まれば、もちろん身体は疲れる――もともと疲れている時に止まりやすいのであるから、悪循環だ。


 抱き枕を買って、睡眠時の姿勢を横向きに保つことにしようとしたのだが、いつの間にか放り出して寝てしまうようで――改善の兆しのないまま、かれこれ一か月。

 職場でも顔色を指摘されるようになり、さすがに小さなミスを繰り返すようになってきたため、これはまずいと上司にも相談のうえで呼吸器内科を受診し――三晩ほど、症状把握のため貸し出された検査機器と寝返りを確認するためのカメラをセッティングして就寝した。

 そうして記録した、睡眠時の脈拍や呼吸数のグラフを横に――医師と、録画を再生する。


 見守っていた看護師も含め――診察室の空気が凍った。


 就寝後まもなく、白く光る影が天井から降りてきた。昨今、髪の長さはあてにならないが、身体つきから判断するなら女性だろう。

 細い指が、抱き枕を抱えた肩を掴み、いささか乱暴に引き離す。

 仰向いた身体に馬乗りになった女は、おもむろに身を屈めた。

 白い両手が、掬い上げるように寝顔に添えられる。


 寝息が、女の唇に――塞がれた。



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