Day3 飛ぶ
しまった……。
走り出した電車が停車すると思っていた駅を素通りしたことで、車種を間違えたことに気が付いた。学生の下校時刻は過ぎたが、勤め人の帰宅者で混雑する時間帯――いくつかの駅を飛ばしてくれる快速列車はありがたいとはいえ、快速・新快速・特別快速・通勤快速と種類が多い。自宅の最寄り駅は、主要駅からはひとつ外れる――新快速と通勤快速は止まるが、快速や特別快速は素通りしてしまう。常には便利に使い分けているものの時おり、ホームに降りた乗れる電車に車種の確認もせず惰性で乗ってしまうことがある。
あぁ、もう……!
苛立ちに顔をしかめてしまってから、思い直してひとつ息を吐く。
疲れているのだ――これは。
気候も体力を奪っていくが、新年度に入ってからの職場の人間関係のストレスもそろそろピークだ。これまでの経験上、この山を越せばよほど協調性に欠ける相手でなければ、ビジネス的な付き合いの落としどころに落ち着くところだが――いかんせん、今年の新人と配置異動になった先輩がどちらもその『よほど』であった。
ふたりの間で気を遣い、さらにふたりと周囲の間に気を遣い……さすがにこれはダメだと、やっと上司に打診したもののそちらもまた煮え切らない。
そりゃ、疲れるよ……。
改めて自覚すれば、仕方なく最寄り駅の手前の停車駅で下車する足は重かった。
降りたホームに次に来るはずの各駅停車で一駅行けば、自宅の最寄り駅だ。
早く帰りたい……気が逸るというより、それはもはや願望めいていたかもしれない。
手前の踏切を通過したと思しき警笛に、ほどなくホームに侵入してくるだろう電車を期待する。
まだホームに灯りが点くほどではないが、暮れ始めた空――接近してくるヘッドライトに、その日ばかりは覚えた安堵。
くらり――。
意識が、回転する。
「ひ……っ!」
次の瞬間――慌てて一歩、身を引いていた。
跳ね上がった鼓動。
しばし、自分の行動の意味が解らなかった。
自分は、そんなこと――考えたこともなかった。
今も、考えてなどいなかったはずだ……。
にもかかわらず、しだいに大きく明るくなるヘッドライトの光の中へ――自分は、飛び出そうと……しなかったろうか?
「いやいやいやいや。帰って、風呂って、とっとと寝る……!」
疲労のあまり目が眩んだのかもしれない……あのまま倒れ込んでしまっていたらと思うと背筋が冷えたが、ぶるぶる…頭を振って不穏なイメージを吹き飛ばし、終了しそうな乗降客の列に慌てて続く。
その時――ぼそり…入れ違いに下車する誰かのつぶやきが聞こえた。
「飛べばよかったのに……」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます