第17話 さよなら、もう一人のお妃様 後編
私はあの時と同じ様に衛兵に助けを求めました。
短剣が刺さったまま、男は警備施設内の医務室に運ばれて行きました。
「これは……大変だ! 緊急処置を行う。皆さんは席を外して下さい」
駆けつけた若い医師と助手の女性以外は皆、医務室の外で待機。
お妃様はと言うと、施設出口付近で他の衛兵に確保されていました。
「ミミンさん。僕はダイエイ警備長官の直属の部下でアリエスと申します。あなたの事はダイエイ様から聞いています」
「ダイエイ様? って、警備長官?!」
あの謎の男はダイエイと言う名前だったのです。
そして警備長官はこの国の警備を担う組織の最高位。
「え? まさか? ダイエイ様の事何も知らないのですか?」
当たり前だよ。
知らないも何も、名前も名乗らないし、毎回髪を鷲掴みにする男……としか認識してないんですが?
しかも、お城に来てから私に許されていたのは夢を見る事くらいだけだったんだから。
「は、はい……」
「ダイエイ様はある事件を独自に調べると言い、一人で誰にも語らず調査していました」
「ある事件?」
私の事件でしょ?
「私が知っているのはある人身売買の事件と言う事だけです」
人身売買?
私の事件じゃないの?
全然関係なくな――あっ!
「そうでしたか……」
いつかお妃様の寝間着を持って来たあの子……確か捨てゼリフ的にあの男――いや、ダイエイとか言う男が呟いていた。
『人身売買なら別だがな……』
どう言う事なの?
私の尋問の許可を得たのは、城内に出入りする為?
いや、そんな事はどうでもいいや。
いや、良くない!
ほんとの事を聞かなくちゃ。
とにかく、助かってくれないとほんとに困るよ。
あれ?
なんで?
涙が?
私はここに来て、腹部を刺されたダイエイさんの、事の重大さを感じたのです。
お腹だよ?
助かるの?
無理?
やだ……
台風が近づくに連れ強くなる暴風雨の如く、更に強くなる私の涙の量。
「やはり強引にでも、調査に協力するべきだった……オオォ……」
アリエスさんも自責の念を叫びながら泣き始めました。
それから3時間後。
カチャ。
「腹部の短剣は抜きました。出来る限りの処置はしましたが、出血量が多く……今夜がヤマでしょう」
お医者様の言葉を聞くや否や、私は医務室に突入しました。
「ねぇ! なんなのさ! 頑張ってよ!」
私は手を握り叫びました。
「そうですよ! ダイエイ様! 頑張って下さい!」
アリエスさんももう片方の手を握り叫びました。
そして――
「アリエス様大変です!」
この状況にも関わらず、医務室に押し入る衛兵。
「お妃様が、長剣を手にして自らのノドを!」
「なんだと?! すぐ第二医務室に運べ!」
驚愕するお医者様。
嫌味ばかりとは言え、一週間以上お側に仕えさせて頂いたお妃様の緊急事態。私は揺れました。
しかし、まずは目の前の……私を庇ってくれたダイエイさんの側にいる事を一瞬で選択しました。
「アリエスさんお願い!」
私のアイコンタクトに静かにアリエスさんはうなづき、駆け出しました。
二人きりになる私とダイエイさん。
「ダイエイさん……頑張ってよ……」
欲望まみれのシンデレラ。
何度も言われたこの捨てゼリフ。
欲望まみれの赤ずきん。
わざとか、本気で間違えたのかわからないこの捨てゼリフ。
欲望まみれのヘンゼルとグレーテル。
わざわざ戻って来てまで言い直したこの捨てゼリフ。
不思議な物です。
助かって欲しいと心から思っているのに、思い出すのは傷つけられたセリフばかり。
どれくらいの時間を、この医務室で二人きりで過ごしたかわかりません。
しかし、はっきりしている事は毎晩やって来て尋問された時間よりも長い時間と言う事。
カチャ
そして戻って来たアリエスさん。
その口から出たのはお妃様の訃報でした。
彼女は長剣をノドに当てて、バイオリンを弾く様にスライドさせたのです。
「アリエスさん。ダイエイさんをお願い」
二度目の懇願。
私は静かな歩調でお妃様が眠る第二医務室へ。
ノドに大きなタオルが被せられている、見るも無惨なお妃様の遺体。
私は顔を覗き込みました。
その顔はいつものお妃様ではないもう一人のお妃様。
優しい表情でした。
「ヤヌスお妃様……もうゆっくり休んで下さい……」
名家に生まれながら、ある意味縛られていた人生を送って来たヤヌス様の苦しみを初めて共感する事が出来ました。
「さようなら……あと、ごめんね。助けてあげられなくて……」
アンドレアス家 長女ヤヌス。
享年21歳。
謎を残したままの短く儚い人生に私は涙を流すしか出来ませんでした。
後書き
花嫁衣装は誰が着る
1986年に放映された堀ちえみさん、伊藤かずえさん出演のテレビドラマ。
今回のエピソードのミミンのセリフ「夢を見る事だけ」はオープニングナレーションの印象に残る1フレーズです。
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