第16話 さよなら、もう一人のお妃様 前編

 皇太子様の自分勝手で馬鹿げた行動に、またも大暴れしてしまった。

 そして牢屋で正座しながら、自問自答と瞑想中に入って来た謎の男。


 「ミミン。済まなかった」


 「え? どう言う事?」


 突然の謝罪に表面上は驚愕の反応を示しましたが、私の気持ちは冷静でした。それどころか興味が沸かない自分もいました。

 それはこの先の見えない光の為に、ある意味、放心状態でいたからかも知れません。


 「俺が皇太子様の前に連れて行かなければ、こんな事にはならなかった」


 「……いえ、いいんです」


 「と……言うとでも思ったか? おい! 欲望まみれのシンデレラ!」


 「えっ?!」


 「冗談だ」


 あんたほんとに最低だね。

 冗談の趣味が悪質極まりないよ。

 人を落として、持ち上げるのが趣味なの?


 「なんなんですか? あ……ところで私が聞くのもなんですが、結婚式はどうなったのでしょうか?」


 「中止だ」


 「はい……」


 「現在は国王様と皇太子様、アンドレアス家当主夫妻――つまり、ヤヌスお妃様の両親で話し合いが行われている様だ」


 「……お妃様は?」


 「部屋に閉じ籠もって――」


 「お願い。私をお妃様の所に行かせて」


 「は? なんだ急に?」


 「多分今のお妃様はもう一人のお妃様になっているはず……そんな予感がするの」


 「もうこの警備隊の建物別室で待っている。連れて来た。お前に話があるそうなんだ」


 「あのさ、あんた今部屋に閉じ籠もって……って言ったじゃん。さっきもそうだけど、冗談の趣味が悪すぎるよ」


 「お前が俺の言葉を最後まで聞かないで遮ったんだろ」

 

 そうでした。

 冷静だと思ったけどまだ全然落ち着いてないや。


 「ねえ。いつもみたいに髪掴んでよ」


 「は?」


 「そうすれば冷静にお妃様と話が出来る気がするの」


 「わかった」


 謎の男はなんの躊躇もせず、すぐに鷲掴み。


 「イタタタタ! 痛い! 痛い!」


 私は反射的に痛さを訴えましたが、今までで一番弱い力で掴んでいる事を感じていました。


 「さあ。これでいいな。行くぞ」


 牢屋を出て、通路を一回曲がった右手にある小部屋。

 テーブルと2脚の椅子だけが置いてある、取り調べ室の様な場所でした。

 私と男が入室するとお妃様が座っていました。


 「ミミンさん……」

 

 やはり、お妃様の中のもう一人のお妃様でした。

 しかし、その姿は今まで見た子供の様な弱々しいお妃様ではありませんでした。むしろ、何かを悟った様な落ち着いた様子の淑女な貴婦人でした。


 「ミミンさん。ありがとう」


 「え?」


 「ずっと苦しかったの。辛かったの。あなたの婚約を破棄させてしまった罪悪感に押しつぶされていたの……」


 「え? お妃様?!」


 彼女はそれだけいい終えるとパタッとテーブルに伏せてしまい、スヤスヤと眠りについてしまいました。


 もっと聞きたい事がある。

 揺すって起こそうとするも、寝顔を見るといつもの嫌味なお妃様に戻っていました。


 「ミミン。お婆さんの日記にヤヌスお妃様の事が書いてあった――いや、それどころか、日記の内容大部分が彼女の事で埋め尽くされていた」


 茫然とする私。


 「それで……なんて……」


 「まずお婆さんの日記は正真正銘の日記――お妃様のな」


 「どう言う事?」


 「日記と言うのは出来事の他に、自分がその時どう思い、どう感じたかを書く場合が多いが、お婆さんの日記はただ淡々と出来事だけが書いてある。そこに彼女の意見や主観はない」


 「お婆さんらしいじゃない?」

 

 幼い頃から忠誠を尽くし、天命を全うしたお婆さんの生きざまが垣間見えました。


 「だから、内容をまとめるのに時間がかかってな。ヤヌスお妃様は物心ついた時から、皇太子と結婚する様に厳しくしつけられていたそうだ。礼儀作法、美へのこだわり――だが、それはヤヌス様の自由を行動も精神も奪った。いわゆる洗脳だ。お婆さんの日記にはこんな記載があった。『お前は皇太子のお妃になる為だけに産まれて来たと思え。日々それだけを考え他人を蹴落とす事も辞すな。わかったか? と言うご夫妻の問にヤヌス様はハイと返事をした』と……」


 「…………」

 

 「アンドレアス家の悲願成就の為に育てられたと言う事だ。逆を言えばそれが無くなった場合は、アンドレアス家から破門される事を意味する……そんな感じか」

 

 「それは、お妃様もわかっていたとは思います。だからそうするしかなかったんだよね」


 「そして、お前が婚約破棄をされたその日の日記に『いつもと様子が違うヤヌス様が私の部屋に来て1時間ほど泣いていた』との記載があった。押収した全ての日記を確認したが、他に同様の内容がない事から、恐らくもう一人のヤヌス様はこの時に誕生したのだろう」


 これは予想外でした。

 私はもう一人のお妃様が苦しんでいる様子から、長年の……幼い時よりの精神的なストレスが積み重なり、ある意味爆発してもう一人のお妃様が誕生したと推察していました。

 私が婚約した時――すなわちお妃になれないとわかった時ではなく、婚約破棄した時――お妃様になれる可能性が生まれた時に誕生した理由が、この時の私にはわかりませんでした。


 ガタン


 「え?」


 私と男が会話に神経が向き始めた一瞬の隙を付き、テーブルに伏せて眠っていたはずのヤヌスお妃様が立ち上がりました。


 どっちのお妃様か? 顔つきなど確認する間もない。


 そして私の側に近づく。

 両手を腰に当てて何か――一瞬でしたが、私には短剣が見えました。

 なに? なんでそんな物出すの?

 疑念は一瞬にして飛び去る。

 わずかな距離で勢いをつけて、私に覆いかぶさり、お腹目掛けて短剣を突き出す。

 そして、私とお妃様のわずかな隙間に入り込む男。


 そうです。

 お妃様は私を短剣でさす為に、急に起き上がり小走りで私に近づき、その間に男が立ちはだかりました。

 それはもちろん、私を庇ってお妃様に短剣でさされたのは男である事を意味しました。


 「ウグッ!」


 膝から崩れ落ちる男。


 ここまで一瞬の出来事。

 私の脳内は事の次第を整理しきれません。


 「アハ! アハ! アハハハ!」


 「え?!」


 高笑いしながら部屋から立ち去ろうとするお妃様の顔つきは、紛れもなく私が夜中抱きしめてなだめたお妃様でした……。


 男の腹部から洋服に染み渡る赤い物を確認したのは、その後でした。

 


 

  

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