第12話 使用人のヒーロー
ドンドンドン!!
「ミミンさん! 起きて!」
男がいつもの捨てセリフを間違えて去った後、私が深い眠りについてから、どれくらいの時が流れたのでしょうか。
ドアを叩く音に私はフラフラになりながら扉を開放すると、同じ使用人である見慣れた女性が顔を泣き腫らしていました。
「どう……したんですか?」
「ミミンさん! マーガレットお婆さんが!」
女性は私の胸の中に飛び込んで号泣し始めました。
ただごとじゃない……
咄嗟の予感で一気に覚醒した私は、黙って手を引っ張り、お婆さんの小屋に走って向かいました。
まさか……そんな私の願い虚しく、安らかに眠り、旅立ってしまっていたマーガレットお婆さんの姿がありました。
まだ、心音等を確認していませんでしたが、素人の私でも一目見て、マーガレットお婆さんの顔からは生気が抜け、微かな微笑の表情を浮かべていました。
そんな……
どうして……
涙よりも先に浮かぶ疑問。
「昨日の昼間から高熱があって、それでも無理して働いていたから、夜心配になって見に来たんです。そしたら……そしたら……お婆さんが……」
昨日昼間一度だけすれ違いましたが、そんな様子はありませんでした。
私は自分の他人を見る力の無さに自分を責めました。
推定享年65歳前後。
2歳から、お妃様の実家アンドレアス家で忠誠を尽くして働く事だけにその生涯を全うしたマーガレットお婆さん。
お婆さん……すごいよ……
2歳からずっと働いていたんだよね? 辛くなかった? 自分の運命を責めたりしなかったの?
それにまだ、お婆さんのホントの気持ち聞いてないよ?
言いたい事だって、たくさんあったんじゃないの?
なんにも楽しい事してないんじゃないの?
若い時に恋はしたの?
ねえ、教えてよ。
いっぱい……いっぱい……。
私は、人生の儚さを感じると同時に、ようやくとめどない涙で頬を濡らしていました。
◇◆◇◆◇◆◇◆
「え? 焼くだけ……ですか?」
朝、場内にマーガレットお婆さんの訃報が噂話しと言う、私にとっては寂しい伝達で周知されました。
しかし、とりあえず火葬だけして、使用人合同のお墓に埋めるとお妃様に聞き、私はその簡易さに驚愕を露わにしていました。
「当たり前じゃない。もうすぐ結婚式よ。訃報なんて縁起悪いじゃない」
「ちょ、ちょっと待ってください! お婆さんは2歳の時からお妃様の実家で働いていたんですよね? ヤヌス様も小さい頃から……喪に服す期間はないのでしょうか?!」
「使用人でしょ?」
許せない。
人の心がないの?
仮にも全ての生涯をアンドレアス家に捧げて献身的にお仕えして来た、年長の功労者に対して、使用人であると言う一言で済ます……信じられない。
「ヤヌスお妃様っ! それはな――」
それはないんじゃないですか? 酷すぎます!
その言葉を遮る様に、私の脳裏にお婆さんの言葉が現れました。
『私自身、幸せかどうかなんて考えた事はありません』
『目の前の運命を全力で生きなさい。しっかりやりなさい』
私は涙と怒りをこらえました。
「なあに? ミミン、あなた私に口ごたえするつもりじゃないでしょうね」
「そ、そ、そんな事あるわけないじゃないですか! ウフフ」
私はお城に来て初めて笑顔をお妃様に見せました。
違うんです。
この時、何故かお妃様に疑われてはいけない……そう思ったんです。
『しっかりやりなさい。忠誠を尽くしなさい。わかりましたか? ミミン』
怒りを露わにしようとする私に、マーガレットお婆さんがそんな事を言った様な気がしたんです。
「お妃様。今日の空いた時間はマーガレットお婆さんの小屋を片付けておくお許しを下さい。もし、新しい使用人が来た時にすぐに入れる様にした方が良いかと思いまして」
「そうね。いいわ。許すわ。私今日は皇太子様とお買い物なの。いいでしょ〜」
「お気を付けて下さい。その間に片付けを済ませておきます」
お婆さんの部屋には、たくさんの日記らしき物がある。
私は自分勝手です。
なぜなら、その日記を他人に見られる訳にはいかない――その為なら、笑顔だって見せてもいい。
そう思った……思ってしまったんです。
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