第4話 ミミンに何が起こったか?

 フーッ

 私はなんとか今日という1日をやり過ごし、となりの馬小屋から時折聞こえてくるヒヒーンと言ういななきを子守唄代わりにしようと、使用人小屋のベッドに入った。

 疲労困憊。

 こんなに使用人と言う職業が大変だと思わなかった。体力も使うし、私の場合は更に神経も使うし。

 不思議なもので、今日一日でヤヌスお妃様の嫌味にも慣れた。

 

 それにしても本当にこの小屋は殺風景だ。机、椅子、衣装箱、ベッド以外には何もない。いや、必要ないかな。

 ただ、かなり古い時代の大きな壁掛け時計があるのは少し不自然だった。時計なんて小さくていいのに。


 ゴーンゴーンゴーン……


 びっくりした。

 夜12時を知らせる音色も古い感じがした。


 ゴンゴンゴン!


 え?! 誰?

 こんな夜中に来訪者?

 あ……確かに強めのノックは不快だ。嫌な気持ちになる。マーガレットお婆さんがこだわったのも納得してしまった。なんてね。


 ガチャ


 え?!


 「お前がミミンか?」


 一応使用人とは言え、私は女性だよ? 返事もしてないのに勝手に入って来るなんて失礼じゃない?


 「だ、誰ですか? 失礼じゃないですか? 大声出しますよ!」


 「失礼だと? ハハハ。残念ながら失礼と言う言葉はミミン相手の辞書にはない。それにお前の叫びは誰の耳にも届かない」


 「はい?」


 この男は何言ってるの?


 「俺はミミン――お前に対しての尋問の許可を得た、王室警備隊の責任者だ。ちなみに今日は俺の30才の誕生日だ、祝う事くらいは許してやる」


 ……馬鹿なの?


 男は図々しくも、椅子に座り足を組み、葉巻を吸い始めた。


 「尋問?」


 「毎日この12時にな」


 「はい?」


 「この時計は俺が依頼して設置した古時計だ。この12時を知らせる音が開始の合図だと思え」


 「私はあなたが言ってる事が、さっぱりわかりません。どう言う事ですか? それに名前くらい名乗ったらどうですか?」


 「ミミン。お前に聞かす名はない。俺は先日の通り魔事件――おっと、今日は初対面の挨拶代わりにお前に良い知らせを持って来た」


 「…………」


 警備隊がすぐに犯人を確保したのは聞いていた。

 この男が治安維持の警備隊の偉い人だと言うのは胸の勲章で察しがついた。


 「ミミン。お前も知ってる、先日の通り魔事件の犯人は即日処刑されたぞ」


 「それがなんでしょうか? 私には関係ありません! 出て行ってもらえませんか? それに気安く人の名前を呼び捨てにするの止めてもらえませんか?」


 葉巻を机に押し当て消した男はツカツカとベッドで座っている私の側に寄ってくる。


 「痛っ! 痛い!痛い!」


 「おい! 共犯者! 少しは口を慎めよ」


 男はなんと、私の髪の毛を片手で鷲掴み。しかも顔が近い。


 「痛いです! 離して下さい! 共犯者ってなんですか!?」


 「とぼけるなよ? 共犯者とはお前の事だ……いや、主謀者と言った方が正しいだろう」


 「はい? 私はあの事件には無関係です! 私が来た時には被害者の男性は既に倒れていたんです!」


 なんなの?

 私はただ、倒れていた男性を発見しただけだって、何度も言ってるのに。


 「俺は今回の通り魔事件、ただの事件ではないと思っている。その理由を教えてやろう」


 やっと、髪の毛を掴んだ手を離した男。


 「まず動機だ。犯人はお前がやって来たのを遠くから見た。そして待ち合わせか? と思い被害者が女にもてそうだからと殴った――俺が調べた所、犯人に精神的に病気だと言う事実はない。それどころか、職場では嫌な仕事も率先して行う、社交的な人気者でもあり模範的な人間だった。つまり、そんな人間が女にもてそうだからと言う理由で殺人を犯すとは思えない」


 「それと私が共犯者である理由にはならなくないですか?」


 「ミミン。お前は被害者と交際をしていた」


 「してません!」


 「そして、皇太子様と婚約して被害者が邪魔になった」


 「違います!」


 「だから、犯人に依頼をしてお前が現れたのを合図に被害者を殴打させた。そして、自分が第一発見者に成りすまし、疑いを避けた」


 「違うったら!」


 「残念だったなミミン。お前の誤算は、こう言った事件にはまずは第一発見者を疑えと言う鉄則がある事を知らなかった事だ」


 「知らないよそんなの! 私は犯人も被害者も知らないよ!」


 「じゃあなんで、あんな夜遅く外出――しかもお前は婚約してる立場だぞ? どう言う事だ?」


 「それは……眠れなかったから……」


 「じゃあなにか? お前はたまたま事件の夜眠れなくて、たまたま公園に行き、たまたま被害者も公園にいて、たまたま犯人が嫉妬して、たまたま殴打して、たまたまお前が第一発見者になったと言う事か?」


 「そ、そうだよ!」


 「おい! そんな都合の良い主張が通じると思ってるのか! お前は犯人を色仕掛けでたぶらかした。そして婚約して、交際してる男性が邪魔になった。これが動機。そして密かに呼び出して、犯人に殺害させたんだ!」


 「ち……違う!」


 涙で言葉が出ないよ。


 そんなに大きな声で怒鳴らないでよ。


 否定する事しか出来ないよ。


 「他の男性と交際しているのに、皇太子様をもたぶらかして婚約するとはミミン、お前はまさに強欲……欲望にまみれた人間だ」


 「……ちが……う……」


 「これから毎日12時に来て、必ず尻尾を掴んで自白させてやる。言うなれば12時にお前にかかった完全犯罪と言う魔法を俺が解いてやる。欲望にまみれたシンデレラ! じゃあな」


 ガチャ


 「…………」


 どう言う事?

 もう、訳がわからない。

 なんなの? あの男は?

 こんな時間に、偉そうにタキシード姿で突然……。


 そんなのはどうでもいいよ。


 なんでこんな目に合うの……。

 つい、一ヶ月前までは普通に母と二人で暮らしていただけだよ?

 それが皇太子様に声をかけられ婚約して、倒れていた男性を発見して、婚約破棄されて、お城で働く事になって、わけのわからないおじさんに尋問されて……。

 辞めちゃおう……。

 こんな嫌な思いをしてまで働く事なんかない。


 駄目……それは出来ない。

 私を雇ってくれる所なんてないよ。

 父は亡くなる間際「お母さんを頼むな……」なんて旅立っていった。

 そんな事言われたら、お金がなくて飢え死にしました――なんて父に言える訳がない。

 それに逃げたら私が主謀者だって認めてしまう気がする。

 あの男は自宅まで追ってくるだろう。そして尋問……。

 母の前でそんな事されたら……。

 それに何よりも、私は悪い事なんかしてないし。


 耐える事しか……出来ないの?


 ◯後書き

 『少女に何が起こったか?』

1985年に放映された、小泉今日子さん主演のテレビドラマです。

 

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