第3話 鏡に映る美のヤヌス

 「ミミン。あなたはお妃様の身の回りのお世話を……つまり忠実な使用人としてのみ、お城に住むことを許された人間です。もちろん皇太子様と会話する事――それどころか目を合わす事も許されません。わかりましたか?」


 わかってるって。

 私は過去……たった一ヶ月前だけど婚約破棄された事実を完全に受け入れて、恥を晒してまで働きに来たんだから。

 初対面のお婆さんに……長年王室の使用人をしていたかなんだか知らないけど、 なんでお城に働きに来て初日にいきなりそんな事を言われなきゃならないの? しかも呼び捨てだし。


 「それから、専属の使用人だからと言っても、必要以上にお側にいてはなりません。着替え、入浴などタイムスケジュール以外は、呼ばれない限り掃除等の雑用をこなしなさい。わかりましたか?」


 だから、わかってるって。

 一切の感情を無くして、黙々と仕事をこなせばいいんでしょ?

 お妃様の今日のスケジュールはさっき紙をもらって覚えたから。そして毎夜、翌日のスケジュールを知らせるのも把握したよ。

 勝手な事なんてしないよ。

 だってどうせ私は婚約破棄証明書までもらった、皇太子テリー様から見たら赤の他人だからさ。

 

 嫌味にしか聞こえない、使用人としての心構えを馬小屋の隣の使用人小屋――今日からの私の部屋の中でネチネチと叩き込まれた後、私はメイド服に着替え、お妃様の朝の準備をする為に、ベテラン使用人お婆さんと一緒に冷たい手をこすりながら部屋に向かった。


 それにしてもこのお城は広すぎる。

 外観から全く想像がつかない。天井も高いし、床はふかふかのじゅうたんだし、綺麗な照明もあるし、飾ってある置き物・絵画・彫刻もすごいし。


 「はしたないですよ。必要以上にキョロキョロしてはなりませんよ、ミミン」


 「あ、はい。すみません」


 「お妃様の寝室でもキョロキョロしてはなりません。失礼になりますから」


 お妃様……。

 どんな人だろう?

 元婚約者の私をどう思ってるのかわからない。多少の嫉妬はされるよね。

 いやいや、余計な事は考えない。

 一切の感情を捨て、黙々と仕事をしなきゃ。


 高さ3メートルはあろうかと言う、お妃様の部屋にそびえ立つ大きなドアの前に、私と長年使用人をしているお婆さんは立っている。

 

「ミミン。ドアのノックは強すぎず弱すぎず、失礼ない様にしなさい。わかりましたか?」


 子供扱いし過ぎじゃない?

 そりゃあ私は平民だから貴族の礼儀作法なんて知らないけどさ、ドンドン叩いたりなんかするわけないよ。

 

 「さあ入りましょう。強すぎず弱すぎずですよ。わかりましたか?」


 そんなに念を押すなら、お婆さんが見本を見せてくれれば良くない?


 コンコン――

 弱すぎず、強すぎずの力加減で、お妃様の部屋をノックする。


 「弱すぎますよ、ミミン。それにノックは三回。最初のコンは2回目と3回目よりやや強めに」


 だから見本を見せてよ。


 ガチャ


 「お妃様、おはようございます」


 「ミミン。失礼ですよ。まずは失礼致しますと言いなさい」


 「はい……」


 部屋の中はベッド、赤いソファ、化粧台、衣装棚――その全てが見るからに高級感溢れる品達。

 それらの存在が、この部屋の空気をより一層重いものにしている気がした。


 ソファには白いヒラヒラだらけの寝間着を着たお妃様が予想に反して既に起床し、座っている。


 「お妃様、おはようございます。今日からお世話をさせて頂く、ミミンをお連れしました」


「ありがとうマーガレット。あなたが前婚約者で婚約破棄をされたのにも関わらず、私専属の使用人になったミミンね」


 ……ひどいよ。

 本当の事だからいいけど。


「……は、はい。ミミンと申します。よろしくお願い致します」


 でも悔しいけど、とても綺麗な人。

 真っ赤なドレスが似合いそうな、目元がキリッとしたお妃様。


 「早速だけど、そこに掛けてある赤い服と黄色い服、ミミンはどちらが今日の私に相応しいと思うかしら?」


 「どちらかと言えば赤い服だと思います」


 「じゃあ黄色い服にするわ。早速着替え手伝って頂戴、ミミン」


 やっぱり私の事は良く思ってない。当たり前だけどね。

 とりあえず落ち着かなきゃ。

 黙々と仕事をこなさなきゃ。


 「それから、今日はとても良い天気だから後で掛布団も干して置いてくださる? 1時間毎に裏返して計6時間ね。しっかりやりなさいよ、婚約破棄された殿方好きのミミン」


 「はい。わかりました」


 「お妃様、わたくしはこれで失礼致します。身の回りのご要望は、今後一切合切ミミンに申し付け下さいませ」


 「ええ、わかったわ。御苦労さま。マーガレット」


 「ミミン。失礼無いよう、誠心誠意お妃様に尽くしなさい。わかりましたか?」


 そんな二人していちいちミミン、ミミン……を連呼しないでもわかってるってば。


 ベテラン使用人、マーガレットお婆さんが出て行った後、私は赤いドレスを着るお手伝いをした。


 「ミミン。髪飾りはそこの引き出しに入ってるから、あなたが適当に選んで頂戴」


 「は、はい」


 指定された引き出しを開けるとたくさんの煌びやかな髪飾りがありました。どうせ何を選んでもケチつけられるのだから、最初に目に入った蝶々の刺繍が入ったカチューシャにしよう。


 「あらミミン? あなたにしてはなかなかチョイスが良いじゃない? これにするわ」


 「ありがとうございます」


 「でもあなたはこの蝶々の様に羽ばたけなかったわね。お気の毒様、ミミン」


 嫌味が言いたくなる気持ちはわかるよ。

 例え一ヶ月とは言え、平民の私が皇太子様に、一番のご寵愛を受けていたのだから。

 だから何を言われても我慢する。

 とりあえずさっさと着替えを済まして差し上げて、布団を干さなきゃね。

 関係ないけど、腰が細い……。

 私は着替えを手伝いながら、チラチラ鏡を見ていました。

 見た目の美と言う意味では、完全に私はお妃様に遠く及ばない。変わらないのは背の高さだけ。


 「ところでミミン」


 「はい……」


 「あなた、どうするつもりだったのかしら?」


 「え? なんの事でしょうか?」


 「テリー様と婚約したのに、夜密会しようとしていたでしょ?」


 「その件に関しましては、お答えしかねます」


 「あら? なあに? ささやかな抵抗? そうね。どうせミミンが出来る事なんか、黙ってる事だけなんでしょうね」


 「…………」


 高笑いされなかっただけでも良しとしよう。


 「それでは私、皇太子様と朝の散歩に出かけるわね。明日、婚約の儀が11時からあるの。そのお話しをするのよ。羨ましいかしら?」


 「お気をつけて……」


 「もちろんミミンはその時間、この寝室を隅から隅まで掃除しておいて頂戴。私は婚約の儀にて熱い契りを結び、あなたは埃と戯れてなさいね」


 「ご婚約の……儀がうまくいく事をお祈りしております」


 「私はミミンと違い、テリー様ひとすじですわよ。失敗なんかするわけないじゃない。おあいにくさま」


 駄目……やっぱり心が続かないかも……。


 「それから私の事はヤヌスお妃様と呼びなさい。アンドレアス家長女ヤヌス――この王朝が出来た頃から続いている、由緒正しい家柄なのよ。生まれた時から平民のミミンとは天と地の差があるの。しっかり私に尽くしなさいね。忠誠もね」


 「わ、わかりました……ヤヌスお妃様……」

 

 そうだよね。

 やっぱ最初からおかしかったんだよね? 平民の分際で皇太子様にご寵愛を受けた時点でうまくいくはずがなかったんだよね……。夢だったんだ。

 うん。

 やっと、完全に割り切った気がする。もう少しだけ頑張る……。

 


 ◯後書き

 『ヤヌスの鏡』

1985年に放映された、杉浦幸さん主演のテレビドラマ。

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