後編

「あー、でもいいね、こういうの! アコ同窓会とか出たことないからうらやましいよ!」


 慎也が言い切るより早く、アコは渉と凛太朗に向けて言った。凛太朗は小首を傾げ、


「え、アコちゃん、同窓会出たことないんすか?」


 言わなくても良いことだったが、意外だったので思わず訊ねてしまった。彼女のように明るい性格なら、率先してそういった行事に参加しそうなものだが……。

 凛太朗の質問に、アコは相変わらずニコニコとしながら、


「うん。アコね、こういう性格だから……昔、ちょっとだけイジメられてたんだ。だからこういう集まりに呼んでくれる友達は……いないかな」


 ……しかし、少しだけ悲しそうにそう言った。


「……そう、なんすか。ごめんなさい、変なこと聞いちゃいましたね」

「あ、いいのいいの! アコこそ変な話しちゃってごめんね。昔の話だから、今はもう全然平気だよ!」


 頭を下げる凛太朗に、アコはパタパタと手を振る。

 そうしてから改めて、一同に向かって笑いかけて、


「だからね、初めて同窓会に参加できたみたいで嬉しいの! あはは、人の同窓会なのに、変だよね! 知ってるー!」

「…………」


 無垢なその笑顔に、慎也は再び胸が締め付けられるような思いになった。

 言うまでもなく、これは同窓会などではない。

 慎也がバンドマンで人気者だったと、アコに信じてもらうための『演技』なのだ。


 彼女をだますために設けられた場なのだ。

 しかし彼女は、それを楽しいと言ってくれている。

 改めて良心の呵責に苛まされたが、いまさら本当のことを言うわけにはいかない。

 ……だから。


(せめて、この場だけでも楽しんでもらいたい……!!)


 そんなことで許されるなどとは思っていない。

 ただ、初めて参加した『同窓会』は、楽しい思い出として取っておいて欲しいのだ。


「あ、ドリンクバー空いた! ジュース取りに行ってくるねー!」


 アコはそう言うと、軽快な足取りでドリンクバーへと向かっていった。

 彼女がこちらに背を向けるのを確認してから、慎也は渉と凛太朗に向けてガバっと頭を下げる。


「あの……言ってることがコロコロ変わっちゃってすいません! マジで申し訳ないんですけど……その、もうちょっとだけ、話を合わせてもらっても……!」


 と、慎也が言い切るよりも早く、渉は凛太朗に顔を向けると、


「いいか、ボクシングで一番キツいのは減量だ。十円ガムを噛むだけ噛んで、唾液は全部吐き出したり、ホースの端っこをかじったりして飢えをしのぐこともある。そういうエピソードをさりげなく出していけば、本当にやっていたっぽく聞こえるかもしれない。専門的な話になったら俺が喋るから、凛太朗は頷いていてくれ」

「うす! ……あと、渉くんは、なにをどう勘違いしてるのか分からないっすけど、生き物係りは生き物を育てる係りっす。他にも分からないことがあったら、話を振ってください。できる限りフォローします!」


 ふたりのそんなやりとりを聞いて、慎也は『えっ?』と言いながら頭を上げる。

 すると、照れたように笑うふたりと目が合った。まずは渉が口を開く。


「あんな話を聞いたら、帰るに帰れないだろう。このまま続行しよう」

「へへ! 初めての同窓会が開始五分で終わっちゃったら、ちょっと微妙っすもんね!」

「……ふたりとも」


 慎也が感極まってそう言うと、ふたりは力強く頷いた。


 ──トモダチ代行ネットワーク。

 このSNSの主たる目的はたったひとつ。サービス利用者同士が知り合いや友達、恋人役などを演じることだけだ。


 しかし。


「……ありがとうございます。マジありがとうございます! よろしくお願いします!」

「あはは、敬語はもういいっすよ! あ、俺は地の喋りなんで、気にしないでください!」

「……というか凛太朗。それだけ筋肉があって体育会系の喋りなのに、スポーツの話が全くできないというのは、どういうことなんだ?」

「ま、まあ、いいじゃないっすか、そこは別に! 今度三人で会った時にでも、ゆっくり説明するっすよ! 慎也くんもそれでいいでしょ?」

「……そう、だな! うん……また、『次』の機会に!」


 ──まれに、このSNSを通じて本物の友情が芽生えることも、ある。






「あー、楽しかったね!」


 夕暮れに染まるアーケード街を、アコは携帯で風景画を撮りながら歩いていた。

「……うん。そ、そうだね」


 慎也はげっそりとやつれた様子で、そのあとに続く。

 あのやりとりののち、結束を深めた三人は、難なく場を成立させていった……というようなことは決してなく、その後も難所の連続だった。

アコがボクシングの話題を出すと、凛太朗は

『いやー、減量辛かったなー、減量! ガムとホースばっかり食ってたっす!』

 と、渉からのアドバイスを鬼リピしたり、渉は渉で、クラスの係りの話になったとき、

『あ、ああ。ホケン係りね、ホケン係り……あの、事故の保険を勧めてくる係りだったな? 無保険で事故ると大変だからな。特に単車は』

 という謎の切り返しをしたりと、凄まじくかみ合わない会話が繰り返されたのだ。

 そのたびに互いが互いをフォローし、なんとか乗り切ることができたが、同じことをしろと言われても全力で断るだろう。

 ……まあ、アコは終始楽しそうにしていたので、やるだけの価値はあったと思うが。


「っていうかさ、今更だけど、なんで慎也くん、急に同窓会に誘ってくれたの? いままでそんなことなかったのに」


 慎也が達成感に浸っていると、アコは思い出したようにそんなことを言ってきた。

 夕日を背に、きょとんとした表情で唇に手を当てている姿が、なんともかわいらしい。


「……いままで一回もなかったからだよ。昔の俺がどんなヤツだったのかっていうのを、知っておいて欲しかったんだ。そのほうが安心できるだろ? これからずっと一緒にいるんだからさ」


 これは用意しておいた台詞だったのですんなりと言えた。

 アコは少し照れたように笑ってから、


「えへへ、やったー! アコも慎也くんとずっと一緒にいたいって思ってる~!」


 そう言って、嬉しそうに慎也の腕に抱きついた。

 自分はいま、幸せだ。改めてそう思う。

 ……しかし、その反面で、


(……本当に、このままでいいのかな?)


 今日の渉や凛太朗の慌てぶりを見て、そんなふうにも思ってしまった。

 自分のつまらないウソのために、彼らには大変な苦労をさせてしまった。

 慎也がウソをつき続けていく以上、この先もきっと同じようなことはあるだろう。 


 そしてなにより、アコにウソをつき続けているのは、やはりつらい。

 しかし、慎也の本当の過去を話したら、アコに嫌われてしまうかもしれない。別れられてしまうかもしれない。それだけは絶対に避けたい。


(でも……!)


 と、慎也が人知れず葛藤をしていると……。

 アコが、意味深な一言を口にした。


「……でももう、こういうことしなくていいからね。疲れるでしょ?」

「……え?」


 慎也がそう言ってアコのほうを見ると、彼女は一瞬、言うか言わないかためらうように間をためてから、やがて勇気を振り絞るようにして、


「……今日来た人たちって、トモダチ代行ネットワーク、っていう、ウソの友達を募集するSNSで集めた人たち……なんだよね?」

「…………!!」


 愕然とする慎也に、アコは心底申し訳なさそうな様子で話を続ける。


「ご、ごめんね! 本当にごめん! 慎也くんがアコに携帯を貸してくれた時とかに、たまたま会員ページとかが見えちゃったの。それで、どういうSNSなんだろうって思って検索してみたら、そういう目的で使われるってことが分かって……」

「だ、だったら、なんで、その時に言わなかったの!?」


 自分の非は棚に上げて、思わず慎也は大声を出してしまった。

 そのSNSの役割を知った時点で、慎也が過去を偽っている人間だということは分かったはずだ。

 なぜそんな怪しい相手と、付き合いを続けてくれたのか?

 慎也の言葉から一泊置いて、アコは慎也の顔をまっすぐと見ながら、


「アコが好きなのは、いまの慎也くんだからだよ」


 少しだけ照れたように、しかし、はっきりとした口調で、そう言った。


「昔どういう人だったとか、どういう友達と一緒にいたかとか、そんなの関係ないよ。アコが付き合ってるのは、いまの慎也くんだもん」

「……アコ」


 思わず彼女の名前を呼ぶと、アコは力いっぱい慎也の腕を抱きすくめ、大きく笑った。


「昔の自分に納得できない人なんて、いっぱいいるよ。

 でもそれを変えることなんてできないの。

 そんなこと気にするくらいなら、これからアコと楽しいこといっぱいしていこうよ。

 そんで、納得できる思い出を、たくさん作っていったらいいじゃない!」

「…………」


 ありがとう、とか。

 ごめんね、とか。

 言葉を返そうと思ったが、うまく言葉がでなかった。

 それから一泊置いて、視界が歪んでいることにも気づく。


 慎也は泣いていた。


 歩みを止めて、無自覚に大粒の涙をこぼしていたのだ。

 嬉しかった。

 過去を隠して生きていることに、いつもどこかで罪悪感を持っていた。

 ふとしたことで過去が暴かれて、すべてを失うことになるかもしれないと、いつも怯えていた。

 しかしアコは、過去は関係ないと言ってくれた。

 大事なのはいまなのだと言ってくれた。


 そして、いまの慎也を肯定してくれたのだ。

 それがたまらなく嬉しくて、いままで張りつめていたものが急に緩んで、思わず泣いてしまったのだと思う。

 そんな慎也の頭を撫でながら、アコは少し慌てた様子で言った。


「ちょ、ど、どうしたの、慎也くん? ほら、泣かない、泣かないよー」

「……アコ!」


 人の目も気にせずに、慎也はアコの身体を抱きしめていた。


「ごめん! いままで騙してて、ホントごめん! でも俺、アコに嫌われたくなくて、それで……!!」

「……うん。分かってるよ。慎也くんは優しいから、そういうことなんだろうなって思ってた」


 再び慎也の頭を撫でながら、アコは優しく諭すように言った。


「だから、もういいよ。さっきも言ったみたいに、アコはいまの慎也くんが好きなんだからさ。昔のことなんて言わなくていいよ」

「……うん……うん……」


 過去に捕らわれるのではなく、これからのことを見つめていけばいい。

 過去の自分に納得のできないのであれば、これからの自分に納得できるようにしていけばいい。

 アコのおかげで、そんなふうに思うことができた。

 慎也は目をグシグシと拭った。そして、改めてお礼に言葉を言おうと、アコの顔をまっすぐに見た。

 すると……。


「……だからさ、慎也くん」


 アコはそう言うと、自分の携帯を操作し、画面を慎也に向けた。

 そこに映し出されていたのは、


「…………!!」


 ──トモダチ代行ネットワークの、トップページだった。

 その画面は、会員登録したものしか開けないようになっている。

 ということは、アコも……!

 思考が固まる慎也に、アコはいつも通りの……。

 いや、


「……慎也くんも、昔のアコがどんなアコでも、好きでいてくれるよね?」


 まるでのように蠱惑的に笑みながら、慎也に向けてそう言った。

 ──アコは、天然のかわいい系女子などではない。

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トモダチ代行ネットワーク 呑田良太郎 @tamabura

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