02話 引きこもり場所の上に城が建ってた件




 俺はフラフラと転びそうになりながら歩いて、すぐ近くの城の柱に寄りかかる。寄りかからないと、すぐに倒れて寝ちゃいそうだったから。


 ねえ、親友……。

 なんで俺の部屋の上に城が建ってるの?


「ん? ああそれはね、この城、この新しい建物が、レインディーの新しい引きこもり場所だからだよ!」

「………………!!」


 そんなの何も聞いてませんけど?

 なんで俺に相談しないまま俺の新しい住処を用意しているのさ。


「ごめんね。相談忘れてた!」

「…………」


 ねえ、親友……。

 なんで俺が新しく住む場所なのに俺に相談してないの?

 大きさとか、明るさとか、布団の寝心地の良さとか、音の伝わり具合とか、枕の形と柔らかさとか。


「あ……ああ…………ぅん」


 ねえ、親友……。

 俺のことさ、こいつめんどくさいなって目で見ないでよ。

 そういう目で見られるとさ、自分はダメな大人って自覚してる分余計傷つくんだよね。

 知らない人に、あっこいつダメな大人だって目で見られてもなんともないんだけどさ、昔から一緒にいた親友にそういう目で見られると流石に傷つくんだよ。いくら俺が、上司の目の前で堂々と寝られた強靭メンタルだとしても、親友にそういう目で見られたらそのメンタル一瞬で砕け散るからね。


「……へぇー、ふぅ〜ん?」


 そう親友に心の中で話しかけると、親友はニヤニヤしながら、柱に寄っかかっている俺に近づき、ほっぺをつっついてきた。

 うわぁ、つっつくのはやめてほしいな。

 いつもそう思ってる。


 ねえ、親友……。

 君はさ、俺に何してもいいと思ってるの?やめさせようとしないのはね、君にやってることをやめさせるのがものすごく大変でめんどくさいからだよ。

 やめさせても、しばらくした後またやってくるから鬱陶しいんだよね。

 長時間、無表情であからさまにつまらない顔して放っておけば、自然とやめてくれるからいいんだけどさ、ほんっとめんどくさい。

 ちょっと立ってるのも疲れたな。座ろう。

 俺は、柱に体を預け、ずりずりと滑り落ちながら座り込んだ。もちろん三角座りだ。

 三角座りは足を三角形に折りたたんで、そこに手を置くことで、重い頭を首で支える必要がなくなる。寄っかかっていれば体に負荷がかかりづらいからすごく楽なんだよね。


 ねえ、親友……。ほんっとなんなの?俺が座るとなんで君もしゃがむの?

 しゃがむ意味ないじゃん。

 俺、もしかしたらしゃがめば君がほっぺつっつくのやめてくれるんじゃないかって少し期待してたんだよ。なんでわざわざしゃがんでつっつくのやめないんだよ。

 というか、もうちょっと城について説明しろよ。そのために、いつもより数百年早い周期で俺のところにきたんじゃないのかよ。俺のほっぺを突っつくために来たんじゃないよね?

 はぁ……、さっさと用件を済ませてよ。

 座ったせいで俺、眠くなってきちゃったんだけど。

 このままだと俺、君の用件を聞く前に寝落ちすると思うんだけど。


「ねえ、レインディー……。喋るのめんどくさいって言って私に心読ませるのはいいよ? だけど、考えてること全部聞こえるのよ? 丸聞こえよ? もうちょっと、私に聞こえるようにする言葉を選んでほしいんだけど」


 何言ってるのさ、親友……。

 聞こえるようにする言葉と、聞こえないようにする言葉を分けるなんてそんなめんどくさいこと俺がやってるわけないだろ?そんなことも知らないのか?ふふ……w。


「ン゛……そうだった。レインディーはこういう奴だったわ。めんどくさいことは絶対にやらない生活能力皆無なダメな大人だったわね」


 ねえ、親友……。

 その言葉の中にさ、悪意をアクセントに混ぜ込んでるよね。耳に入ってきた途端刺さったんだけど。心が痛いよ……。

 全部事実だけどさ、わざわざ言わなくていいじゃないか。


「それ、あなたにも言えることよ? レインディーはわかってるの? 伝えることと伝えないことを分けるというのは、相手が傷つく言葉と傷つかない言葉を分けるのと同じことなの。だからそれだけはしっかりやってほしいわ」


 うん。なるべく……頑張るよ?

 でもさぁ、やる気がある時はともかく、眠い時は無理だよ……。そんなに考える余裕ないし、頭ほとんど働かないよ。

 というか、ほぼサボり?

 だって、ねぇ……、めんどくさいじゃないか。


「……全部伝わっているわよ?」


 ああ、それはごめんね。

 親友……。

 やっぱり俺にはそんな器用なことできないよ。


「できるわよ。現在進行形で、寝ながら喋ってるんだから」

「ぐぅ」


 無理だよ……。だってこれは、寝る前に設定した文章だもの。

 寝ながら喋るなんてできないよ。それができたら俺は、もっとぐーたらできてる。


「どっちにしろ器用だと思うけど?」

「………………」


 完全に寝てしまった俺を見たあと、親友は口元に手を当てて少し考え込む。

 途中まで難しい顔をしていたが、そのあとは、突っかかっていたものが取れたようなスッキリした顔をしていた。


「ねえ、レインディー。こんな硬いところで寝るよりも、ふかふかの布団で寝られた方がいいわよね?」

「……!!」


 もちろん!


 俺は起きた。

 いつの間にか眠っていた。

 親友の、硬いところで寝るよりもふかふかの布団で寝られた方がいいわよねっていう質問に釣られてしまった。

 その答えを聞いた途端、いつも通りだった親友の表情が豹変した。口が吊り上がって、目がギラギラと輝いている。

 うわ……怖……。

 普段は美少女なのに、今はブサイクだ。顔に皺ができて、まるで、人間が歳をとった時みたいな……。


「レインディー……、それ以上言ったらダメよ?」


 はい。親友……、ごめんね。

 それよりも布団に連れて行ってほしい。俺はもう眠い。今はかろうじて起きているけど、もう瞬きもできない。

 一回でも瞬きをすればあっという間に夢の中だ。

 だから、早く……。


「一つだけ条件があるの。新しい引きこもり場所は絶対にここにするって言ってちょうだい?」


 ええ……。まあいいよ。その代わり、さっきまで俺がいた部屋は地下室として残しておいてね。


「ちゃんと、約束と言ってちょうだい?」


 えっ……!それは……ちょっと。


「あら? できないの? じゃあここで寝るしかないわね?」


 それは困る。

 俺は焦る。

 口でそう言わないと硬い床で寝ないといけない。

 だけど、俺はこの数百年、口を使った覚えがない。つまり、うまく話せる自信がない。絶対掠れ声が出てくるよ。ここ100年は口から息を吐いた記憶すらないんだから。

 しかも口で約束しないといけないなんて。

 約束……。嫌な言葉だな。俺を縛る大嫌いな言葉だ。


 ねえ、親友……。

 掠れ声でもいい?

 できることなら、ダメであってほしい。

 それなら俺は声を出さなくてもいいから。


「もちろん。掠れ声でも問題ないわ」


 ダメかー……。

 ……仕方がない……か。

 ふかふかの新しい布団で寝るためなら、やるしかない。

 約束をするだけで、寝られる。また引きこもらせてくれるなら、喜んで約束しようじゃないか。

 いいよ……。


 すると親友は、にっこり笑ってこう言った。


「じゃあ、私の後に続けて名前と誓いますを言ってちょうだい」


 了解……。


 親友は、契約の紙を取り出した。 

 そこに自分の血を垂らし、その後俺の血を垂らす。

 いつの間に俺の血を採取したのだろうか。俺は自分の血を渡した覚えはないから、絶対寝ている時に勝手にとったんだろうな。


「レインディー。あなたは今後(永遠に)、(魔王)城の主、(魔王になる)となることを誓いますか?」


 ん?

 何か今隠していることなかった?

 というか、なんで城の主にならないといけないのさ。


「そんなのはいいの! 城の主になれば、この城を好きにカスタマイズできるようになるんだから!」


 それ、本当?

 じゃあいいか……。


「早く! 誓いますって言って!」


 なんでそんなに急かしてくるの?

 まあ別にいいけど。


「俺、レインディーは誓います」


 そう言った途端、契約の紙が光り出し、二つに分かれて俺と親友の中に入っていった。

 キュッと少しだけ首が絞まるような気がした。

 あれっと思ったから、俺は自分の首に触れる。

 ……うん。やっぱりいつもと変わらない。

 ちょっと絞まっただけ。


 はぁ……。約束事とか誓いごととかって堅苦しいから嫌いなんだよね。

 

 そういえば、俺、名前、本名じゃなくてよかったの?

 めんどくさくてほとんど全部省いちゃったけど。

 大丈夫?


「うん。問題ないよ? レインディーは名前がびっくりするくらい長いからね。名前を言ってる間に誓いの時間切れが来ちゃうよ」


 そっか。じゃあこれからもそれでいいのか。楽でいいね。

 名前、一周言うだけでも疲れるから。


 あっ……ほら、親友!

 布団はどこにあるの?


「ああ、約束だったね。ちゃんと連れて行くよ。ほら、座り込んでないで、背中に乗るぐらいは自分でやってね」


 了解。

 今の俺のテンションはものすごく高い。

 やっと寝ることができるから。しかも新しい布団で。

 新しい布団とかいつぶりだろう……。ピカピカの新品。


 俺は立ち上がって、親友の背中に体を預ける。

 そうすれば、親友が運んでくれる。


 階段を上る。階段を上る。階段を上る。階段を上る。階段を上る。階段を上る。階段を上る。


 ねえ、親友……。

 どこまで上るの?


「もちろん一番上までだけど」


 一番上かぁ……。それならさ、飛んだほうが楽なんじゃない?

 俺はそう提案する。

 いくら親友に体力があっても、流石に限界がある。息も切れ始めてきてるし。

 一人では上れても、俺がお荷物になっちゃってるだろうし。


「ああ! 確かに飛べばいいね!」


 親友と俺は、文字通り飛んだ。

 あっという間に一番上に到着した。





あとがき

 初めて主人公がまともに喋りました(名前と一言だけ)。 

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