第2話 とりあえず初浸かり

 湯気をくゆらす希望の泉。

 森の合間のちょっとひらけた空間で、直径5メートルくらいの温泉を見つけた。


「あっつい……」


 試しに指を突っ込んでみたら50度くらいありそうだった。

 これじゃ浸かれない。


 まずは住まいをどうにかしよう。

 住む場所を確立してから、温泉の水温問題に立ち向かう。

 ひとまず近くに小屋でも建てたいところだ。


「十徳工具でなんとかなる……?」


 神様が「絶大な効果を保証する」って言っていたけど、十徳工具の効果やいかに。

 とりあえず小屋を建てるには角材が必要。

 角材を作るには木を切らにゃいけない。

 そして木を切るには……、


「……チェーンソー?」


 ぽわん、と俺の思考を読み取ったみたいに、折り畳みナイフの形状が変化。

 俺の手中にチェーンソーが出現した。

 すげえ。


 きゅいいん、と早速稼働させ、キックバックに気を付けて近くの木に使ってみる。

 そしたらビックリ。

 チェーンソーの刃が触れた瞬間、木が魔法みたいに幾つかの角材へと変化した。


「え……作業工程がすっ飛ばされたのか……?」


 ひょっとして……そういう煩わしい過程を省いてくれるのが十徳工具の効果?

 すごいアイテムじゃないかコレ。


 角材の端には凹凸があって、はめ込んで組み立てられるようになってるっぽい。

 おかげさまでエッサホイサと角材を組み合わせるだけの簡単なお仕事。

 たったの小一時間程度でログハウスじみた小屋が完成した。


 てか、こんなの組み立てた割にあんまり疲れてない。

 あ、そうか……永遠に健康的な身体だから、ってこと?

 疲労感すら抱かない身体なんですかね。

 腹は減ってる気がする。


 でも食料はひとまず後回しでいい。

 温泉の水温をどうにかして下げよう。

 浸かりたいんだ。

 ブラック勤めだった俺の夢だ。

 温泉なんて高校の修学旅行以来浸かってない。

 大学生活は旅行に行くようなパリピな青春じゃなかった。


 さて、温泉の水温を下げるには水があればいい。

 つまり川の水をここまで引けばいい。


 もしくは地下水を掘り起こす。

 でもこの辺は掘り起こしても多分温泉なんじゃないか?


 つまり川を頼るしかない。


 俺はこの場を離れて川を探す。

 そして50メートルも離れてないところに幅広の川、発見。

 よし。


 水は割と綺麗。

 手を突っ込んでみると、お、結構クール。

 試しに飲んでみると旨い。

 あとでお腹痛くなったらそんときはそんときだ。


 じゃあこの川の水を引いてみよう。

 川と温泉のあいだに溝を作って繋ぐか。

 溝を作るにはなんの工具があればいい?


 俺は工具会社の営業だった(他の雑用も色々押し付けられていたけど)。

 カタログを思い出せ。

 デカい農家さんは溝掘りをするときに溝掘り機を使う。

 トラクタータイプのヤツもあれば、手押しタイプのヤツもある。


 ……トラクタータイプがあれば手っ取り早いけど、それになれるのかね十徳工具くん。


 と思っていたら――ぽわん。

 手中の十徳工具が勝手に動き出し、少し離れたところでトラクタータイプの溝掘り機に形態変化してくれた。

 マジか……すげえ。


 乗り込んでエンジンを掛けてみる。

 もちろん普通に動いた。

 試しにゆっくりとアクセルを踏んでみれば、溝を掘り出してしまう。

 ふほほ。


 俺は方向転換し、川の岸辺から溝掘り機を始動させる。

 機材の調整はしてないけど、理想の溝が掘れていく。

 過程のすっ飛ばしがそこに作用してるんだろうか。


 溝が掘れていくにつれて、川の水がその溝を早速伝ってくる。

 イイネ。


 ゆったりとした速度で溝が出来上がっていく。

 でもクワで掘るよりは何十倍も早い。


 数分後には温泉のそばに到着。

 温泉は硬い土に囲まれているので、溝掘り機でそのまま掘削。

 こうして開通してから溝掘り機を元のナイフ状態に戻す。


 すると溝を伝ってきた水が温泉にシュート! 超エキサイティン!! 

 よーしよしよし、順調そのもの。

 でも水が流れ込み過ぎたら温泉が冷えるかもしれない。

 だからあらかじめ作っておいた板を溝の始点と終点に差し込んで簡易水門とする。

 これでOK。


「お、ちょうどいい」


 手を突っ込んでみると、温泉はすっかりちょうどいい温度に。

 これなら浸かれる。

 俺は衣服をパージ。

 思えば現代仕様の服がそのまま構成されていたんだな。

 一張羅だから大切にしないと。


「ふぅ……」


 ともあれ、裸になった俺は温泉に浸かる。

 肩までしっかりとずぶぶ。


 あー……そうだよコレだよ、俺が社会人になってから味わえなかったもの。

 切羽詰まってシャワーばっかり。

 バスタブにすら浸からなかった毎日。

 そんなシャワーすらパパッと数分で済ませてしまう味気なさ。

 

 湯に浸かったときのこの浮遊感、いつ以来だよ。

 やっぱり良いな、入浴。

 自然の風景が癒やしに拍車をかけてくれる。


 土壁に背を預け、空を見上げながら息を吐く。

 何も考えずに、ぼーっと、ぼーっと。


 これから先は、切羽詰まらなくていいんだろうか。

 とりあえずそうであることを祈るのと同時に、やっぱりうん……腹減ってきたよ。

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