8.バッテリーと試行錯誤
30分ほどかけて、僕らはようやく廃工場へ到着した。
ワーカーの前でのんびり相談している暇があるでもなく、揃って急いで乗り込み光学迷彩を機動。さっさと空へ出て次の隠し場所探しだ。
「前みたいなことが無いといいんだが……」
「ホントだよ」
毎日あんな事件が起きてもらっても困る。
世界というマクロな視点で見ると、昨晩みたいなことはどこで起きても不思議じゃない。が……ここからじゃどこで何が起きているかも分からないし、手の出しようも無いだろう。
せめて世界のどこかで起きている異変が、その場にいる人達で対処できる程度の事態であることを祈ろう。
「それで、どこに置くの~?」
「どこに置いたもんかな……」
「本当に人に見つけてほしくないなら、山奥とか海底とか?」
「置いたとしてどうやって行き来するんだよ」
「それな」
人がいない場所にはいないなりの理由があるということである。移動するにも不便だし、何より危険。
山ならがけ崩れや遭難の危険があるし、海なら単純に人が生身で活動できる領域じゃないしコックピットからも出られない。
「そうだディセくん。AIなんかで操作して、自動的に人のいない場所から行き来してもらうっていうのはどうかな~?」
「それも一つの手だけど、バッテリーがなぁ……」
「やっぱ消耗激しいの?」
「光学迷彩は元より、ゼロドライブ――無重力発生装置が一番まずい。
「なるほど」
個人的に、汎用性が高いという言葉には少なからず魅力を感じていたけど、汎用性が高いなら高いなりに別の苦労があるということか。
「家庭用の電源やEV車用の充電器だったら」
「ダメ」
「……だよね」
そりゃあそうだ。スマホか何かじゃないんだから、機動兵器のバッテリーに充電しようと思ったら圧倒的に電力が足りない。
車のように、エンジンが稼働することで余剰電力が生じてバッテリーに給電する……みたいなことはできるし、今もしているだろうけど、多分それだけじゃ足りないからモニタに表示されているバッテリー残量が目に見えて減っているのだろう。
「提案が……っていうか、ちょっとした考えがある。ぶっちゃけ可能性は微小だけど」
「微妙どころじゃなく微小かよ」
「うん。
盲点を突かれたように、ディセットは呆けた表情をした。
ディセットが戦っていた……戦おうとしていた? ドラゴンは、自身の背に巨大な電気のリングを作り出していた。それだけのものを作り出すには何億……何兆ボルトが必要かは分からないが、最低でもそれだけの出力は確実にある。
まず電気の出力を変えられるかどうか、規格が合うかどうかを調整する必要はあるが……試して損はないはずだ。
「問題は、その電気の出し方がさっぱりわからないこと」
「ダメじゃねえの!?」
「あ~……だから可能性が『微小』」
「とっかかりすら無いところからなんとかしないといけないから……」
そもそもどうやってドラゴンは電気を操ってたんだ? その辺が全く分からない。
分からない、が――僕の予測が正しければ、体が知っている。
どっちにしろ、実現さえすれば結構ナイスアイデアじゃない? と思ったのだけど、ディセットは続いて少し渋い顔をした。
「壊されそうで少し怖い」
「う……それは確かに」
ワーカーのバッテリーは今現在、この世界に一つしか存在しない超貴重品だ。壊れれば当然換えは無い。
悪くはない……と思ったんだけどな、人力発電……必要なのは僕の体一つだから、少なくともお金や資源を使うわけでもないし……。
「それができるなら! 正直! 相当! かなり! 助かるんだが……!」
それはそれとして、ディセットはメチャクチャ葛藤していた。
アレかな。例えるなら、電波は通ってるけど充電手段が無い場所でスマホの充電器を見つけたような。ただし確率でスマホ本体が壊れる。
……普通に例え話として分かりづらいな。なかったことにしよう。
ともかく要練習だな。電池とか使えばいけるかな?
せめてノウハウが何かあればと思うんだけど、ドラゴンの能力を鍛えるためのノウハウなんて存在するはずもない。こういうのは自分で確立しないといけないんだろうなぁ……。
そう溜息をつくと、今度は姉さんが何やら頭に手を当てて悩ましげな声を上げた。
「あー……んん~……おお」
「姉さん、どうかした?」
「ん~……やっと、インプラントを操作する要領掴めてきたかも。ふわふわするの無くなってきた」
「それは良かった。カナタさん、データは見られるか?」
「ちょっと待ってね~」
言うが早いか、姉さんはいつものディセットと同じように空中に指を滑らせ始めた。
何をしているのか見えないが何かしているのが分かるというのは、なんとももどかしい。というか
……全然なーんにも見えない。当たり前だが。
「パーソナルID……う~ん……誰これ」
「所属や名前は?」
「え~っとね……レクタングル? って所の技術者で……モニカ・ファーナビー?」
「レクタングル社?
「ほー」
名前から人種から全然別人だ……。
正式に職に就いてるなら年齢も違うだろうし、平行世界の同一人物が融合してるって説で考えるのは難しそうだ。完全にランダムなのだろう。
というかもし血縁が関係あるのなら、僕がドラゴンになってるのに姉さんが普通に人間×人間×人間になってるのがおかしいし。
「……ディセくんの所属してるのってPMCなのにライバル会社? で、技術者?」
「言ってなかったっけ。ブラギって会社は複合企業なんだ。ブラギPMCはその一部門」
「金と利権と欺瞞の臭いがする」
「実際PMC部門は、連合軍と別に独自戦力を確保しておきたい企業のおためごかしだよ」
「えんがちょ」
でしょうねと思うのと同時に、やっぱりそういう暗黒メガ企業の暗闇話は聞きたくないという気持ちでいっぱいになる。
少なくとも17歳がトップエース扱いされるまで働かされる職場とか絶対マトモじゃないよ。
「あんまり深く突っ込むつもりは無いけど、辞めらんないのそんなの?」
「難しいな。できたらいいんだが」
あ、嫌なのは嫌なんだ。
……まあ嫌だろうな。食生活的にもそれ以外の要素でも。聞く限り技術が発展している以外の良い部分見えて来ないもの……。
「ディセくん、地形データ送るね~」
「え? あ、ああ……あぁ!?」
「どしたん」
「平面画像じゃなくて本当の地形データだコレ! どうやったんだカナタさん!?」
「ん~……データを見てたらなんとなく、記憶が浮かんできて?」
なるほど、肉体の記憶を呼び起こすトリガーがあるのか。姉さんのこれの場合、データを閲覧していたら、というよりは「地図情報を地形データに変換したい」という考えで記憶が引き出されたというところかな。
となると、僕も似たようなトリガーがあると考えていいかもしれない。でも、僕も電気を出そうとしたのにやり方全然分かんないんだよな……姉さんとはトリガーが違うのかな。
宇宙空間にいるなら、普段から電気や磁気を操る必要はあったかもしれないけど……ん? つまり僕の場合は宇宙空間にいないと記憶を引き出せないのか?
……物理的に不可能だからその方向性は除外して考えよう。真っ先に考えられるのは……戦闘? それも大概無茶だな。昔、気の迷いで格闘技を習ってたことはあるけど、その時に全然向いてないことが分かったし。
「こんな風に記憶が浮き上がってくることがあるんだね」
「そうだね~。なんだか不思議な気分」
「あのさディセット。銃持ってる?」
「何だその脈絡の無い質問。撃たないぞ」
「僕まだ何も言ってないよね」
「話の流れで予測できるんだよ! どうせ戦いが鍵になってるかもしれないからって言うんだろ!?」
「うぬ」
見破られてしまった。
「そんな怪我しそうなことしちゃダメだよぉ……」
「というか銃を向ける側の身にもなってくれよ。とも……敵でもない相手にそんなこと、するわけにいかない」
「ふーん?」
つまり今現在、ディセットの中で僕は「敵」のカテゴリにはいないわけだ。少し良いことを聞いた。
敵とは思えないほど弱そうってだけかもしれないけど、銃を向けるのに抵抗感があるなら、抹殺対象みたいな扱いではないようだ。
「よし、とりあえず降りよう。あの辺なら大丈夫か?」
「う~ん……県外だけど、あそこはハイキングコースに近いからどうかなぁ……」
「神奈川か奥多摩まで行く?」
「それだと帰れないかも……」
「こっちの世界のしがらみ面倒だな」
「死ぬほど面倒だよ」
少なくとも僕らは今痛感してる。
そしてこのしがらみがあるからこそ、平時の生活が維持できているとも言う。緊急事態に陥るとこれがまた痛し痒しな部分はあるが。
「ワープとかできないのワープ。ガーッと」
「できない。そもそも理論上不可能だワープなんて」
「そっちの世界でもできないんだ」
「できない」
まあ……そうだよなぁ。光速を突破するなんて普通できないだろうし、かと言って既存の理論だと科学的にまず不可能。亜空間なんて存在しない――少なくとも現状は認識する手段が無い――し、ワームホールは理論上存在しうるらしいけど、利用可能なものとも思えない。
夢がねぇー。
「やっぱり、なっちゃんが電気を使えるようになるのを待つのが一番かな~……」
「それは俺も少し思う。バッテリーの問題さえなんとかなれば、AI操縦で問題が一気に解決できる」
「じゃあやっぱさぁ」
「ダメ~」
「はい」
地道に練習しろってことね。
地道が行き過ぎて年単位で時間かかりそうなんだけど大丈夫かコレ……?
首を傾げながら、僕はディセットがワーカーを山中に置きに行くのを一旦待つことにした。
さて。もちろん山中に置いたからと言ってそこで話が終わるわけではない。時間は有り余るほどにあるのだから、ここからはそれこそさっき言われた通りの練習の時間だ。
姉さんはインプラントを操作するためにディセットに説明を受けている。僕はと言うと――。
「こうか? こうか!? こうかぁ!?」
「なっちゃんうるさい」
とりあえずいろんな動作を試して電気が出ないか確認していた。
空手の型に始まりダンスやダッシュ、逆立ちに筋トレ、瞑想。色々試しはしたがどれもしっくり来ない。
自然と電気出てんだからこれで充電できない? と一瞬は思ったんだけど、規格が合わない電気を流すのは破損のもとだ。
……そうこうしているうちにお昼である。僕の方の成果は微塵も無かった。
「お昼にしよう! お昼!」
「わー」
「わー……」
視線がどこか生暖かい。この中で僕一人だけ何もできてないから、いたたまれなくなってお昼ごはんを言い出したのを察してしまったのだろう。
だが知らん。文明という
分かりやすすぎて逆に難色を示されているのはそうです。
「はいおにぎりと唐揚げ!」
「強引に話を打ち切ろうとするなよ。食うけど」
「まんまとはまってるねー」
普段は梅干しを入れてるけど、あの酸味は人によっては受け付け辛いものなので昆布と鮭だ。ああいう類の食べ物は基本、ある程度こちらの食文化に慣れてからがいい。
唐揚げは冷めても美味しく食べられるようなレシピを調べている。栄養バランスは微妙なものだけど、まあ今気にしてもしょうがないだろう。
「うま」
「僕もだけど、姉さんの方はどうなの?」
「結構わかってきたよ~。理論的な部分の割合が大きいから、意外とするっと入ってくるんだよねぇ」
「ナルミは一体何をしていたんだ……? 格闘技?」
「空手」
「カラテ……」
なんとなくディセットの言葉のニュアンスが、僕の思うような空手とは違い不思議拳法のカラテとも呼ぶべき何かに感じられる。ディセットが「空手」を示すジェスチャーも中国拳法みたいだし。
当然だけど、そんなんじゃなくって普通に街にある、ただの空手道場のスポーツ空手なので大したものじゃないんだけど……。
「もっと小さい頃にやめちゃったから別に大したもんじゃないんだけど、試しにね」
「何でやめたんだ? 結構堂に
「やってるうちに向いてないのに気付いたんだよ」
「なっちゃん、組み手できないもんねぇ」
「え……何で?」
「人殴ったりするの、気分悪くならない?」
「分かるような分からんような……」
ともかく僕はそれで空手をやめてしまったわけだ。武道の本義は精神を鍛えることとは言うが……まあ、ちょっと荒んでた小さい頃に比べると相当改善はしてると思う。
別に強くなろうというモチベーションも無かったので、それ以上やる意義を感じられなかったというのが正直なところだ。
で、人を殴ったりすることに強い忌避感を覚える以上は……というところだ。昇級試験のために組み手必須だったし。
「一回吐いちゃったことがあって」
「吐くほどかよ」
その辺は色々と個人差があるが……まあ、思いの外僕にとっては負担だったようで。
漫画やゲームで見る分には大丈夫なのは、やっぱり感触の有無なのだろうか。
姉さんは医学部に入るにあたって、色々と診る必要が出てくるし、そういうの無くて良かったなとは思う。うん。
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