7.ニュースと外出
「うへぇ……誤魔化すのにすっごい苦労したぁ……」
さて。とりあえず、姉さんのことについて一段落したところで、姉さんには父さんの鬼電に対処してもらった。
僕は電話したくても声が完全に変わってしまってて判別つかないだろうし、たとえ手袋してても長時間スマホ持ってるとどうなることか分からないというのもある。
状況は……まあ……五分五分というところだろうか。次何かあったら即新幹線で一度帰って様子見に来るとは言われてしまったが。
「問題を先送りにしているだけじゃないか?」
「そういう側面もあるけど、時間を稼がないと説明もできないだろうから……」
ある日突然息子が娘になりましたなんて荒唐無稽が過ぎる。しかもドラゴン娘だ。娘の方はエルフになっている。しかもサイボーグだ。あまりにも属性過積載過ぎて理解が及ばない。
姉さんは僕が「こう」なった直後に会ったし、同じ家で寝食をともにしている分理解も早かったけど、父さんは…・…定期的に会ってるとはいえ、少し間が空いてるのもあって、理解するにも納得するにも時間はかかるんじゃないかな……。
「問題の先送りついでに、俺の問題についても話しておきたいんだが」
「どしたん」
「弾薬やバッテリーの状況を考えると、やっぱりこの国の軍隊なんかに所属した方がいいと思うんだ、俺は」
う~ん…………。
言ってることはわかる。先の戦いに関しても、結局使った弾はたった一発。姉さんが乗ってるからとは言っても、動きもゆったりしたもので結構な余裕があったように思う。バッテリーの無駄遣いを避けたのだろう。それはこの先も同じような化け物が現れることを想定した動きだ。
しかし、本来そんな風にバッテリーや弾薬に気を遣って戦うのは望ましくない。今回は敵があれで翻弄できたから良かったが、もっと強い敵となると絶対にあれ以上の消耗が出る。その時、後ろ盾になってくれる組織がいた方がいい――それは間違ってない。
受け入れられる下地がこの世界にあるのなら、という前提のもとでだが。
「それはあんまりオススメしない」
「なんで」
「人類あんまり賢くないから」
「人類単位の話かよ」
「そうだよ」
個々人で見ればどれだけ賢しくとも、人類という総体、または一定数以上の集団になった時、人間は途端に思考を手放す。
軍事関係なんてのはその最たるものだろう。時に致命的なほどの愚策が素通りしてしまうことだってあるような世界だ。
「断言していいけど、政府や自衛隊に身柄を預けたら、まず最初に責任の所在にばっかり話が行って『この先も現れるだろう怪物への対処』っていう本質的な問題から逸れ続けるよ」
責任の所在を求めるのは、政府とか省庁とか軍隊とか自衛隊とかそういうのは関係なく、「組織」を形作る上で絶対に必要なことだ。
しかし今回はそもそも、ディセットがあまりにも特異な立場ゆえに責任を求める先が存在しない。所属組織も無い、国籍も無い、ワーカーの出処も分からない。そんなものの責任の所在を求めるなど、徒労もいいところだ。異世界、平行世界の実在を証明するまで何年かかることか。
もし仮にディセットが何らかの組織に庇護を求めるとして、彼が動けるのは本当に取り返しが付かない事態が起きてからになるだろう。実際にその段階にまで至ってしまえば対応策もある程度立ち上がりはするだろうし、今後の対処もマニュアル化できるかもしれないが、それまでにかかるのは十年か、二十年か、はたまた一世紀は必要か。その間に何十万人が死ぬだろう。
「正直、いっそのこと異世界の人間だとかワーカーだとかの問題は脇に置いといた方がいいと思う」
「……異世界関係の技術の方にかかりきりになって、肝心の怪物どもへの対処がおざなりになりかねないからか」
「そう。この世界の現有戦力で対処できるように筋道を整えて、仮にやるとしたらそれから」
「わかった。やめとく」
何か心当たりがあったのか、ディセットは苦虫を噛み潰したような顔で両手を挙げた。
どこの世界にもあるのかな、こういう話。
『続いてのニュースです。昨夜遅く、東京、民浜市の民家で47歳の男性と45歳の女性が死亡しているのが見つかり、警視庁は殺人事件と見て捜査を始めています』
と、不意に流れたニュースに、ディセットが更に顔をしかめた。
よくよく表情が顔に出やすいやつである。
「この世界でも殺人事件はあるんだな」
「そりゃあるよ」
願うなら、例えばどこかの動物園で赤ちゃんが生まれたとか、そういう優しいニュースだけ見ていたい。
けど、殺人事件か……物騒なことだ。
「民浜ってこの市じゃない?」
「うん。だから気になってるんだけど」
『死亡していたのは、会社員の椿ヤスタカさんとその妻、トモエさんの二名。争った形跡や盗難の形跡が無かったことから、警視庁は、行方の分からなくなっている娘が事件に関与していると見て捜査を始めています』
「椿って……」
「いや……流石に、関係ないでしょ」
「知り合い、なのか?」
「後輩に同じ苗字の子がいるってだけだよ」
痛ましい事件なだけに、むしろ関係ないだろうというのは半ば願望が入り混じっている。
……同じ苗字の人なんてそこそこいるだろう。
亡くなった人たちを悼みながら、僕はそれ以上考えないように流し台の皿を洗い始めた。
姉さんが大学に行けないことに気付いたのは、朝食を終えてからしばらくして、普段の通学時間になってからのことだった。
すわコスプレかと通りがかりの人が思わず声を上げたせいでようやく自分の状態を自覚したというのはいかがなものかと思う。それ以上に考えることが色々あったのはそうなんだけど。普段通り「行ってきまーす」とか言うもんだから僕も思わず普通に見送っちゃったよ。
「つまりこれで三人とも揃って外出できなくなったワケだワハハ」
「ワハハじゃねーんだよ」
「もう笑うしかないワケよ」
乾いた笑いしか出ないのよケヘヘ。
一番人間らしい外見がディセットな時点で詰みです。190cm超えのスカーフェイスな外国人とか警察に見つかったら一発職質だよこんなん。
姉さんは耳を隠せばいけるかもしれないけど、隠す方法がイマイチ分からない。フード被ってたら余計に不審者じゃんそんなん。
「買い物は
「そのことなんだが」
「何?」
「この転移……融合? 現象自体は、局所的に起きることってわけじゃないんだよな?」
「そうだね。あ、そうか」
「なっちゃんだけ一瞬で理解しないでよ~」
「ディセットみたいにこの世界に転移してきたり、他の世界のものと融合したりって現象が起きてるの、僕らだけじゃないと思うんだ。現に僕だけだと思ってたら姉さんもそうなったし」
「恐らく、ナルミたちみたいに外に出られない人は大勢いる。それだけの数が同時多発的に外に出られないとなったら、そのうち社会的に何らかの破綻が生じる」
僕らは学生だからまだいいとしても、この調子で一学年の欠席者が10人20人と増えていけば、何かおかしなことが起きているというのは知れるはずだ。
会社などになるともっと酷い。10人も20人も休職者が出てしまったら、確実に業務に支障をきたす。
「そう遠くないうちに、世間は変異した人について認知し、受け入れざるを得ない状態になると思う」
「その過程でそのぉ……差別とかは……」
「「起きる」」
「うぇ~」
人類そんなに分別のある方じゃないからね。たとえ人類の存続に関わるような異常事態が起きたとしても差別というものが無くなることはまず無いよ。
じゃなきゃ車が電気で走るような時代になってもまだポリコレとか人種とか権利とかで議論が紛糾してないでしょ。
「今なんかアブないこと考えてる」
「考えてないよ」
結局のところ、全人類が感情でも捨てるか一個の精神生命体にでもならない限り、差別問題というものはいつ、どこで、どんな状況でも起こりうるものだ。
小さい集団の中でならともかく、もっと大きな枠組みになると差別問題なんてほぼ100%解決不能だよ。
「ともかく、差別がどうのなんてどう考えても解決できることじゃないからこの問題は放置! おしまい!」
「雑ぅ~」
「将来的には考える必要はあるかもしれないが、それより直近の多くの人が『外出できるようになるかどうか』って問題の方が俺は深刻だと思う」
差別問題は社会を維持している状況下で取り上げられる問題だが、今はそもそも社会を維持できるかどうかを問うレベルの状況である。
「こういう問題が起きている」と社会が認知すれば少なくとも大手を振って外を出歩けるようになるし、父さんにも「こういう問題に巻き込まれた」と説明ができるようになるだろう。
じれったい話だけど、待てばいいだけなら多少気は楽だ。その間に……まあ……多数の問題が起きるだろうけど、僕らが関与できることはほとんど無いし、意図的に考えないようにしておく。
人間は時に愚かじゃないと生きていけないこともある。
「あ、そうだ。ディセくん、ワーカー移動させた方がいいと思うよ~」
「え、なぜ……?」
「だって絶対、廃工場とか捜査されるよねぇ……」
「……やっべ」
自分たちの外出の話に夢中になっていたが、市内で殺人事件があったとなれば当然、犯人が隠れていそうな場所を捜索するはずだ。となれば、ワーカーを隠した廃工場もその例に漏れない。
発見、からの強制接収。分解、解体……嫌な予感が次から次へと浮かんでくる。
結局、僕らは再度ワーカーの隠し場所へととんぼ返りするハメになってしまったのだった。
・・・
「人影」
「ナシ」
「ヨシッ」
時刻は午前10時ごろ。静かな路地を3人の不審者が行く。僕たちだ。
姉さんはフード、僕は昨日とほぼ同じ格好、ディセットは普通……まあ……普通、なんだけど、体格と戦闘用に鍛えた細マッチョっぷりのせいでTシャツがパッツンパッツンだ。上着がかろうじてそれを隠している。
学校なども近くには無いし、人通りも少ないがそれでもゼロというわけではない。いちいち確認しながら進むことになるため、どうしても歩みは遅々としたものになっている。
「う~、頭がぐわんぐわんする……」
で、足が鈍る要因のひとつは、姉さんの不調だ。
抽象的な表現だが、よくよく内容を聞くともっと複雑な状況らしかった。曰く、知覚が拡大しているようだ、ということで……どうやらこれに関してはディセットがよく知っているようだった。
「インプラントを導入し始めたばかりの人がよくなる症状だな。普通は、歩行に影響まで出ないものだが……」
「
「前例が
でしょうね。
……つまるとこ、あれは急に増えた情報を処理しきれていない状態のようだ。
街中は特に電波がよく飛んでいる。住宅街などもそうだ。そういったものをいちいち受け止めてしまっているとこうなるとのことで……耳の形も変わったし、急に聴力が良くなったりしてその相乗効果でってことはありうる。
「そういえばナルミは何か体に変調は無いのか? 電気以外で」
「無いけど……」
いや、思うに無さすぎる。あまりにも体の使い方が自然に過ぎる。
寝て、起きた時に自然と体を丸めてたのもそうだし、急に尻尾なんて器官が生えたのに家具にぶつけたりもしてない。……トイレはだいぶ困ったけど。
一応、僕の体はドラゴンが混ざってる……と思われるんだけど、20m近い巨体のワーカーでなければ戦うことができない巨体の生物が押し込まれてて異常が起きないなんてことがあるか?
単純に質量保存の法則を当てはめていい状況じゃないけど、だとしても体重や筋力に大きく影響は受けるんじゃないだろうか。これまでその兆候が無いというのは――。
「無意識にセーブできてるんだと思う。体が覚えてるっていうやつ」
僕は足元に落ちてた石ころを、人差し指と親指でつまむと、えいやと思い切り力を込める。
次の瞬間、石は小さな音を立てて砂になって砕け散った。
「……多分、その気になったら無限に力入れられる」
いや、無限は言い過ぎか。だけど、やろうと思ったら人の骨なんて細枝のように折ることができそうだ。
普通、人間がそんな分不相応な力を得たらまず力の制御ができなくなるだろう。けど、僕はどうも昨日起きて、最初から普段通りに動けていた。
ドラゴンがそもそも人体の使い方を承知しているとは思えないし、そうなると「混ざった」女性要素が強靭な肉体の扱い方を熟知していたと見るべきだろう。文字通り、「体」が覚えているわけだ。
「怖……」
「おい普通にドン引くな」
軍人なんだからちょっと小石を粉砕する程度のパワー大目に見ろよな!
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