6.エルフとワーカー



 結論から言うと、僕の出した意見が採用となった。

 とはいえ、最終的にこの結論に至るまでにはひと悶着があったというか……だいぶこき下ろされた。現実を見ろとか、子供でもないと騙されないだろうとか、それで誤魔化せるのは特撮くらいじゃないかとか。

 しかし案外意識の盲点というのはそういうところにあるものだったりする。というか人間、ずっとモニタリングできるわけでもないし、このくらい雑でも意外に気付かないっていうか、光学迷彩あるんだから多少の無茶は現実になる。

 で、僕の提案というのは、一度高高度に脱出してから、空を経由して家の近くまで戻るという案だ。

 空に脱出するにあたってやっておきたいのは、一度雲の間に潜り込むことだ。これで地上からも空中からもワーカーの姿は見えにくくなる。このタイミングで光学迷彩を発動。あとは、雲間を縫って地上に降りるだけだ。

 姉さんからの評価は「雑」の一言だった。


 しかし、そのクッソ雑な作戦で問題が起きていないのだから結果オーライというやつではないだろうか。

 結果オーライだよね?

 結果オーライってことで。以上。閉廷。


「テクノロジーの暴力で誤魔化してるだけじゃないか?」

「うっせ」


 真理であった。


 結局、あれから帰宅できたのは深夜1時を回った頃合いだった。

 ワーカーの隠し場所を定めたはいいけど家に戻るまでに多少迷ってしまったり、色々なってたせいで見回りを強化しているらしい警察を回避しようとしたりしていたら、気付けばこんな時間だ。

 帰宅できたのはいいんだけど、走り回ったり戦ったりそれに巻き込まれたり、姉さんもディセットも疲労の色が濃い。夕食を終えて数時間、そろそろお腹が空いてくる頃合いだった。


「なっちゃーん、ごはーん……」

「んー」


 太るよ、という指摘をする気にはならなかった。なんせ僕もお腹は減ってる。少しくらい食べておきたいというのが本音だ。

 ディセットも、ついさっきまで戦っていたのだから、本人の認識はどうあれ体がカロリーを欲しているはず。手っ取り早く美味しいものを、と考えて、とりあえず炊飯ジャーに残ってたお米を焼きおにぎりにすることにした。

 硬めに握ったおにぎりに醤油とみりんの混合液を塗り、オーブントースターで焼き上げる。その間に卵焼きの甘いやつを作って……だいたいオッケー。


「カナタさんは作ったりしないのか?」

「なっちゃん作るひと。わたし食べるひと」

「…………」


 父さんが単身赴任に行く前後あたりで自然に役割がそうなっていた。

 たいてい、僕が求められているのはそういう役割だ。既に半ば趣味となっているし、今更それに異を唱える気も無い。


「できたよ」

「わーい」

「この人本当に大学生?」

「歳重ねるだけじゃ人間大人にはならないんだよ」

「ていうか大学生なんてこんなもんだよ~。皆ちゃらんぽらんで頭空っぽのぽんぽこぴーなんだから」

「カナタさん大学で何か嫌なことでもあるのか!?」

「……まあ嫌なことはあるって言ってたけど」


 解剖実習でふざけた人がいたとか、サークル勧誘が鬱陶しいとか、人間関係に嫌気が差すとか。家族だけあって色んな愚痴聞かされてるからなんとなく納得するというか……。

 置いとこう。話題変えよう。あんまり面白い話でもない。


「そういえば……」

「ん?」


 あの大怪鳥を見た時に頭に浮かんだものはなんだったのだろうか……という疑問を口にしかけて、やめた。

 一度極度の緊張状態から解放されて気が緩んでるんだ。ここで変なことまた言って空気を重くしたくない。


「……今はいいや。また朝になったら話すよ」

「思わせぶりなのやめてくれよ」

「ごめん、じゃあ僕お風呂の準備してくるから」

「食べないのか?」

「作ってる最中につまんだから」


 それに、意識すると急激に眠たくなってきた。作業でもして気を紛らわせとかないとそのまま値落ちしかねない。

 というか僕、この後姉さんに体洗われないといけないんだよな? ……17歳にもなって姉弟で一緒にお風呂入るって、恥ずかしいとか言うよりすげえインモラルな感じがヤなんだけどコレ……。


 そんな僕の思いとは裏腹に、半ば強引に一緒にお風呂に入ることにはなってしまった。

 姉さんは角と尻尾と別の部分とを見て三度でっか……と呟いた。



・・・



 いろんなことがありすぎた一日だったためか、結局あの後はベッドに戻ったらすぐに眠ってしまった。

 ほとんど無意識だったのだろう。目を覚ますと、僕はどうも猫のように丸まった姿勢でベッドに収まっていた。

 尻尾が底面に干渉して、昨日の朝みたく壊れるからなぁ、とか、角が枕破壊したしなぁ、と、思い返すとこの姿勢にも変な納得がある。実際、体に痺れやだるさは無く、この体にとっては正しい姿勢での入眠だったようだ。


(……う~ん……)


 しかし、当然……とは言いたくないけど、やはり体は元に戻っていなかった。どうやら一過性のものではないらしい。

 軽くため息をついてリビングに出ようとすると、そこで傷顔スカーフェイスの大男と出くわす。ディセットだ。


「おはよう」

「ああ……うん、おはよう」


 こっちもやっぱり自動的に元の世界に戻ってるなんてことは無かったようだ

 挨拶に面食らっている様子のディセットの腕を軽く叩く。


「残念だったね、お互い元に戻れなさそうで」

「俺はあの戦いばっかりでメシも不味いクソみたいな世界に帰りたくない……」

「…………」


 切実だった。思わず同情するくらいには。

 いや……うん、こんなこと言われて帰れとは言い辛いな……。

 ともかく朝食の準備だ。色々調べることなどもあるし、軽め、早めに済ませるとしよう。


「うぁ~」


 姉さんの部屋からうめき声とスマホの着信音が聞こえてくる。時間的に、もうそろそろ報道が加熱してきている頃だろう。父さんから安全確認のために電話がかかってきてもおかしくない。

 ただ、アレだな。姉さん完全に目覚まし機能アラームと聞き間違えて切っちゃってる。こりゃ後で鬼電来るな。

 手袋をはめてテレビをつけてみると、やはり各局昨夜のニュースでもちきりだった。当然、怪鳥のことだけではなく、ロボット――ワーカーのことも。


「あのくらいの騒ぎでこんなことになるのか」

「海外じゃ分からないけど、日本はね」


 テロや戦争、紛争とは基本縁遠いし、結果的に被害者が出なかったとはいえ、飛行機がモンスターに襲われるなんてあまりに荒唐無稽だ。しかし事実として死骸も上がっているし、無視はできない。結果、どうしてもこの件は衆目を引きやすくなってしまっていた。

 地方なら他人事と思って気にもとめない人は多いだろうが、これが全部都内で起きたこととなれば無関係ではいられないと考える人は必ずいる。……はず、だと思う。

 人類割と愚かだから無関心貫くかもしれん。

 まあ、そこは賭けだ。


 朝食はスクランブルエッグとウインナー、チーズトースト。ディセットはやはりこれにも心躍らせているようだった。

 伸びるチーズ見てすげェ! なんて言う人初めて見た。


「普段どんなもの食べてんの……?」

「見た目は……レンガみたいな……」

「まず何で比喩が食品じゃないんだよ」


 イカれてんのかレンガ食わすとか。どんな世紀末だ。

 ディストピア飯のペースト状の食事を固めたみたいな感じ? ……その世界、料理って文化が絶えてんの?

 技術力ばっかり肥大化して文明スカスカのよわよわなんじゃない? 大丈夫? 貴族制とかまだ採用してそう……。


「ぅおぁよ~……」


 異世界の食事事情に内心文句タラタラになっていると、どうやら目が覚めたらしい姉さんの声がする。朝食を温め直す必要は無さそうだ。

 そう安心すると同時に、視界に入ってきたものを見て僕は目を剥いた。

 昨晩までと明らかに異なる金色の髪。染めた風でもなく、ごく自然なようでこれがあまりにも自然すぎて逆に違和感を生じさせている。

 一番の外見的問題は、耳。まるで漫画やゲームに出るエルフのように長く尖った――少なくとも人間にはありえないもの。僕とディセットは、思わずその場で同時に目を擦った。

 更に、一拍置いてディセットは口元に手を当てて、目に見えて狼狽し始めた。漏れ聞こえてきた「IDが」という声を聞くに、昨日の僕みたいにこの唐突な変身現象に驚いているというだけではないようだ。


 で、僕らの反応で、暫定姉さんのエルフは顔や耳をペタペタ触って滅茶苦茶嫌そうな顔をした。


「僕の好きな母さんの手料理は?」

「なっちゃんはお母さんの手料理食べたこと無いので存在しませ~ん……」

「良かった姉さんだ」

「どっちが考えたんだその哀しい判別法」


 いざということが起きないとは限らないし、と提案したのは姉さんだが、方法を考えたのは僕だ。なのでどちらかと言えば僕。

 姉さんは今のこれに負けず劣らずの滅茶苦茶嫌な顔してたけど、これで判別できたわけだし結果オーライと言っておこう。

 実際のとこ、僕ら姉弟ならパッとわかるけど、当てずっぽうだとまず答えられないものとなるとコレだ。

 故人をダシにしているのが倫理的にどうだと言われると反省する他無いのだけど。


「……僕に続いて姉さんもか。いよいよただごとじゃないね」

「ただごとじゃないって言うならもう昨日からただごとじゃないだろ」

「実感が伴ってきたってことだよ」

「まあ確かにディセくんのが来てからどんどん加速してるとは思うけど、実際はもっと前から兆候はあったみたいだしねぇ」


 不意に、強烈な違和感に襲われる。

 見てないところで話した機会もあったとは思う。けど、しかし。


「――姉さん、『ワーカー』って名前、どこで聞いたの?」


 姉さんの前で、ディセットも僕もロボットのことを指してワーカーと言った覚えが無い。

 ディセットもハッとしたようにこちらに視線を向けた。

 僕はゲームをしている時に聞かされたからワーカーのことは知ってるけど、その時姉さんは外出中。怪鳥との戦闘前後はそんな話もしていないし、知る機会自体が無い、はず。


「俺もさっきから気になってることがある。カナタさんから神経接続型インターフェースインプラントの反応が検出されたことだ」

「ええっ!?」


 当然、そんなものはこの世界には存在しないし、一晩でそんなものを埋め込める手術など無い。

 知らないはずのものを知っている。ありえないはずのものを備えている。それはまるっきり僕と同じ状態と言える。


「もしかしてわたしは偽物……?」

「全然違う方向に解釈してる!」

「やっべ……」


 うわ、言い方が思わせぶりすぎた! 確かにこの口ぶりじゃあ、本物かどうかを疑ってる風になってしまってる!

 アイデンティティを喪失しかけてぷるぷるしている姉さんに、勘違いだということを理解させるにはそれから5分ほどを要した。

 ……ともかく、今度は僕の方から話を切り出してみる。


「僕も昨日、似たような感覚になった。全然知らないはずの記憶が浮かぶんだ」

「例えばどんな?」

「あの怪鳥がどういう攻撃をしてくるか、とか」

「アドバイスくらいくれてもよくなかったか!?」

「確証も無いのに適当なこと言って、間違ったら僕らの命の方が危ないし」

「……それはそうか」


 あの時は僕自身も混乱していたし、それ以上にディセットの集中力を削ぐ結果になりかねない。それは避けておきたかった。

 もっとも、結局無傷で倒してるんだからその辺の心配も要らなかったようだけど……。


「ところでディセットの世界には、エルフみたいな人種いる?」

「いるわけないだろ」


 なるほど。となると、やっぱり推論としては……。


「今の僕や姉さんの体は、複数の世界の生物が状態なんだと思う」


 あくまで「人間」じゃなく「生物」と表現したのは、どうもディセットたちの世界にいるドラゴン型イーバが混ざってるらしいことからの推測だ。

 なぜそうなったのか、という問題は今は置いておく。どうやっても理解できる理論がありそうにないし。


「単に他人の体に変化した、入れ替わった……だけだと、記憶があることに説明がつかないからね。それに、姉さんの今の状態だよ。ディセットの世界にいないはずの人種の体に、ディセットたちの世界の技術が使われてる」

「だから『混ざってる』か」

「僕もただドラゴンと混ざってるにしては……女性になってること自体がまず、おかしい」

「それは言われてみると本当にそうなんだよねぇ……」


 怖いのは、他人の記憶が紛れ込んでいるということは、少なからず人格にも影響を受けるということだ。

 ベースになっているのは間違いなく神足ナルミぼくだ。けど、記憶というものは人格を形作る上で大きな役割を果たしているものなのだから、影響が無いなどということはまずありえない。一昨日までの僕と今の僕は、自覚がないだけで既に全くの別人のようになっている可能性がある。

 脳の変質もまた危惧すべきものだろう。アルコール依存症や鬱、外傷などの要因によって脳が変質し性格が変わったという症例は枚挙にいとまがないが、物理的に脳自体が変質してる以上は、いつ、どこで、どんな性格の変化が出るとも分からない。

 ……この場合、真に恐ろしいのは変わる事実そのものよりも、変わったことに気付けないことかもしれない。


「俺やあの怪鳥が、そのままこの世界に来てることについては?」

「完全にランダムなのかもしれないし、実は混ざってるのかもしれない。ミドリムシとかミジンコとかあまりにも微小すぎて要素が現れないだろうし」

「ミドリムシ……」

「鳥も、ほら、スズメとか……」


 ――人間とか。

 容易にその推論はできたが、あえて言葉にするのを避けた。

 だってそれじゃあ、あまりにもむごい。大惨事になるのを避けるためとはいえ、知らないうちに人殺しをしていたなんて……いくら戦いというものが日常的な世界の出身と言えど意識させたくはない。


 僕は同時に、人間がある時突然怪物に変貌し大惨事が起きるという可能性を――あえて意識しないようにした。


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