5.怪鳥と銃弾
「バッテリー残量……光学迷彩も解除するしかないか」
おためごかしに近い取引を終えた直後、ディセットはすぐさま行動を開始した。
弾薬並びにバッテリー、燃料の残量をモニタに表示。怪鳥を暫定的に「敵」としてタグ付けし、光学迷彩を解除する。
可能なら姿を隠したままの方が都合は良いが、バッテリーの消耗の激しさもあり、今後のことを考えればその選択肢は採れなかった。
「戦闘機動を取る。二人とも、掴まっててくれ!」
「どこに!?」
「シートでもストレージでも何でもいい!」
警告と共にフットペダルを踏むと、ガルデニアというペットネームを持つワーカーのブースターが点火する。
ディセットが受け持つ任務の都合上、最高峰の耐G性能を持つこのワーカーでも、体にかかるGを「軽減」はできても「消滅」まではできない。わずかに全身の圧迫を感じる中、後ろの空間にいるだろう一般人二人の身を案ずる。訓練や薬物、身体改造で一定以上の耐G能力を得ている自分と違い、ナルミとカナタはそういったものが無い。場合によっては大怪我の可能性もあった。
「大丈夫か二人とも!」
「うん、まあ」
「ん!?」
「えぇ!?」
ディセットの懸念は半分が外れた形になった。Gに対応しきれず辛そうにするカナタに対し、ナルミは急加速も全く意に介さずに涼しい顔をしていたからだ。
驚くべきことだが、同時に予想できたことでもある。ディセットが対峙した電気と磁気の化身とも呼ぶべきドラゴンと同一存在、またはそれを体内に宿しているのなら、このくらいのGはそよ風程度にも感じないだろう。
神足ナルミという個人に対してこの一日で積み上げた好意的な感情と別に、警戒もまた大きくなった。
(カナタさんが耐えられない以上、あまり無茶はできない)
急制動や急加速はもとより、高反動な武装の使用も制限される。だが問題は無い。慣性や物理法則を無視したかのような挙動で宇宙空間を駆ける怪物と比べれば、まだ「鳥」の域を出た動きはしていない。火を吹く狂った
(ライフルは……)
一瞬の逡巡の後、銃火器を選択肢から外す。
この世界では弾が補充できないこともあるが、何よりの問題は弾を撃った後のことだ。ワーカーは全高20m近い巨大ロボットだ。主に宇宙空間で運用されており、同じく巨大なイーバを敵と想定していることから武器もそれに相応しい大きさを誇る。弾丸そのものも、薬莢もだ。迂闊に銃を撃てば、一抱えもあるような鉄塊が市街地に降り注ぐことになるだろう。場所によっては大惨事であり、仮に使うにしても被害が出ない場所を選定する必要があった。
「カナタさん、地形デー……地図を送信できるか!?」
「えっ、地図……って、なんでぇ!?」
ブレードを膝部横のストレージから引き抜くのと同時に発せられた指示に、混乱の只中にあるカナタは対応できない。
当たり前だ。プロのディセットすら、あえて深く考えないようにすることで眼の前の問題にだけ対処するように努めているのだ。そんな中で一般人がまともにものを考え、最適解を選び取るのは至難の業と言える。まして、具体的に「なぜ」そうする必要があるかを説明する時間も無い状況というのもある。最悪、地力で地形データを入手するか目視で判断するほかない。
「街中で戦うわけにいかないからだと思うよ」
歯噛みしかけたところで、思いがけないところから助け舟が出た。
ディセットの頭の中で言語化しきれない思いをそのまま説明しきれているわけではないが、大まかなニュアンスは間違っていない。何より実の家族からの説明のため、ナルミの言葉の方が飲み込みやすい。この鉄火場でよくぞここまで冷静な判断を、とディセットが感心する一方、ナルミ自身は大して冷静でもなかった。
昨晩まで健全な男子高校生だったナルミにとって、アニメやゲームのようなサブカルチャーは身近なものだ。その中には当然ロボットに関わるものも多数ある。ナルミが何をやっていることは、そうした
だが、カナタにとってはそんな些細な言葉でも十分だ。素早くタブレットに指を滑らせて地図情報を取得。そして。
「……1分待ってー!」
ディセットのアドレスに送信、する前にアドレスを入力しなければならない。画像を送信してもらったパソコンになら彼のアドレス情報はあるが、記憶を頼りに50文字近い英数字を一文字ずつ入力するのは、純日本人にとって骨が折れる作業であった。
「
入力を待つより先に、ガルデニアは怪鳥と最接近した。
開戦を告げたのは、横薙ぎに振るわれたブレードの一閃。急制動をかけた怪鳥の翼に小さな傷をつけると共に、その巨体を飛行機から引きはがすことに成功した。
(浅い……思った以上に硬い!)
明らかに鳥類の筋肉の厚さではないし、鳥類の骨の硬さではない。飛行機に被害を与えず、かつ確実に怪鳥にダメージは与えられると確信できた攻撃だったというのに、ブレードは表皮を切り裂くに留まっていた。
高周波振動ブレードの切れ味は、鉄すら容易に溶断するほどのものだ。元より物理的に存在することがありえない巨体の持ち主である以上、細胞とD粒子との結合によって肉体が強化されているのは確実と見ていいだろう。
(要は……)
――ドラゴンと同じようなものだ。
その思考が脳裏によぎると共に、月光めいた色合いの髪と黒い角が目に入り、思考を打ち切った。
ディセットにとってドラゴン型イーバと戦うのはよく慣れた事態だ。余計な感傷を挟めばそれだけ動きが雑になりやすいということを、彼はよく知っている。
まして他人が同乗しているという初めての状況だ。操作が乱れれば自分自身のみならず、他人の命まで危険に晒すことになる。それだけは避けなければならなかった。
「地図情報送信するよー!」
「わかっ……うおっ!?」
この状況で大事なのは、やはりいかに怪鳥を人間のいない場所へ追い立てるかだ。その鍵となる地図情報は――カナタが送信した直後、画像として前方モニタに大写しになってしまった。
即座に横に追いやるが、その瞬間にはもう怪鳥は大きく首を上げ、何らかの予備動作を取っていた。追撃は不可能と判断したディセットは、ガルデニアを大きく上に向かわせた。地上に火炎を吹きかけさせるわけにはいかないという点、制空権を取るためという二重の理由だ。
「しまった、平面画像データか……!」
「しまったもクソもこの世界の一般的な画像データは平面だよ」
カルチャーギャップは人を殺すこともある。そんな言葉がナルミの頭に浮かんだ。
「何しようとしてたのさ」
「風景にオーバーラップさせようとしてたんだよ!」
少なくともディセットの知る画像データというものはそれが可能だった。しかし、この世界のものはそうではない。仮に加工するにしても時間はかかる。
戦闘中は敵以外にも細かく情報を拾わなければならないため、半透明の状態で風景とオーバーラップさせるほうが都合は良い。しかし、彼はこれでもとりあえずは問題無いだろうと判断した。怪鳥はドラゴンに比べると機動力も攻撃能力も劣る。そして、大して威力の伴わない牽制の一撃でも、浅くはあっても傷をつけられた。倒せないという道理は無い。
思惑通りに、火炎がガルデニアの下方を通り過ぎる。対応力も高くはないようだ。
(火炎を発生させられるのはあくまで口からのみ。放出の方向も物理法則に大きく影響を受ける……)
火炎の発生、それ自体は驚くべきことではあっても、恐れるようなことではない。至近距離で長時間炙られでもしない限り、ガルデニアの装甲は抜かれない。
野生動物と言えど、攻撃が有効かどうかを判断する知能はあるだろう、とディセットは判断する。これまで何度も対峙してきた
ギャア、と大きく鳴いた怪鳥は、己を見下ろす不届き者を引きずり下ろすべく、より直接的な手段を選んだ。急上昇と、爪による急襲だ。
鳥類――生物にできる常識を超えた急激な上昇だが、大きさの時点で既に生物の枠組みからはみ出している存在のやることだ。納得こそあれど、ディセットは意外性を感じなかった。
最小限の動きですれ違ったガルデニアのブレードが、怪鳥の翼を大きく切り裂いていたのは必然の出来事だ。
「今の何!?」
「あの鳥の進路にブレード置いただけでしょ!」
「お、置く?」
「置く……?」
斬り付けに行くのではなく、ただ相手の進路上の空間にブレードを固定することで、敵が自らブレードに飛び込んでくるように仕向ける罠。正確にそれを把握できたのはある意味、ナルミだけだった。
ゲームなどに対して知識の浅いディセットは、そもそも置くという意味が理解できていない。
(これを今の一瞬で? 即興で?)
ブレードの刺入角、部位の強度、肉に当たるか骨に当たるか、そういった些細な要素で罠の威力は変わる。瞬時に判断して絶好の位置に「置いた」のだとすれば、ディセットの技量はどれほどのものなのだろうか? そして、それを得るために経た戦いの数は?
ナルミの背に冷たいものが走った。PMCという言葉と実知識、「この世界」の常識を当てはめてそう大したことは無いのではないかと高をくくっていた。しかし、実際のところはこの技量。ワーカーを文字通り自分の体のように操ることができていないと不可能だろう。自分と同じ17歳で、それほどの戦いの経験を経るとは?
彼の戦う姿からは、剣呑で壮絶な過去を幻視するほか無かった。
(無事に帰れたら、美味しいものでも奢ろう……)
自分が警戒されているなどとは露知らず、ナルミは密かにそう決意した。
「それより姉さん、ディセットが戦ってるうちに、僕らもできることをしないと」
「できることー……って言われても……」
翼に大きな傷を付けられた怪鳥は、既に逃走の準備に入っている。
凄まじい速度で流れる景色の中、ナルミは続けた。
「
「どう見つからないように逃げるか、とかー……」
「そう!」
そう言われてみれば、カナタにも怪鳥を倒した後のことは容易に想像ができる。旅客機を襲う大怪鳥、それを撃退する謎のロボット……こんなもの、ニュースにならないわけがない。それによって起きる諸問題は、
だが、
年長者として、姉としての責任感によって、戦闘行為への恐怖で凍りついていたカナタの思考力に再び火が灯った。
「ナルミ! 奴を落とすなら海か!? 山か!?」
「え!?」
地上へ逃れようとする怪鳥の横面を、そうはさせじと斬り付ける。高空に逃れようとすれば今度は背中に回り込んでブレードを突き刺す。
流れるような、それでいて普通の人間のカナタに大きな負担をかけない繊細な機動であっても、既に大勢は決していた。残るは倒し方だけだ。
これほどの巨体を市街地に落とすわけにはいかないが、そうでない場所であっても何らかの影響は必ず生じる。その上で、どこなら問題が生じにくいか。
ナルミがとっさに言葉にしたのは「海」だった。
「山はインフラが寸断したり人がいる可能性もあるし、火を吹かれたら山火事になる! できるだけ水面に近い場所で軟着陸させて!」
「了解……!」
目まぐるしく移り変わる景色が、やがて都市の夜景の中にぽっかりと空いた空白地帯――東京湾を映し出す。好機を感じ取ったディセットは、細心の注意を払いながら徐々に高度を落とすように怪鳥を誘導していく。
翼を切り裂いて羽ばたけぬようにし、上昇しようとすれば上に回り込んで頭や背中を斬りつける。その間、反撃は決して許さない。最初の「罠」によるダメージが、怪鳥が攻撃を躊躇することに役立っているのもあるだろう。
やがて水面が近付いたところで、背面ウエポンラックから取り出されたガルデニアのライフルが火を吹き、怪鳥の胸に大穴を開けた。
「…………」
「…………」
「…………」
銃声の反響が遠ざかる。怪鳥は――動かない。
そのことを確認したディセットは、ようやく大きく息を吐いた。
「二人とも、大丈夫か?」
「大丈夫」
「なんとか~……」
その返事を耳にしたせいか、更に彼の気が抜ける。
戦闘の「せ」の字も知らない一般人をワーカーに乗せて戦闘行為など、当然ながら初めての経験だ。ここまで気を遣って戦うことなど、後にも先にも無いだろう。ディセットは少しだけ自分を褒めてやりたい気分になった。
「……何やってるんだ二人とも?」
「何も見えん」
「なっちゃんグロ耐性無いから~……」
そうして振り向いたところ、カナタがナルミの目を塞いでいるのを目にした。ナルミはと言えば、そんなに凄惨な光景が広がっているのかと戦々恐々として目を思いきり瞑っている。
カナタの方はいいのだろうか、と疑問こそ湧くものの、彼女は医学部所属であると発言していたことを思い出し、多少は耐性があることに気付いた。
「――……しかし、どうするかな」
直後に訪れるのは、この事態にかかる後始末についての憂鬱さだ。
有害鳥獣を駆除したのでこれで解散、とはいかないのが世の常である。戦闘部隊に属しているディセットにもそのくらいの道理は理解している。
しかし、彼の世界であれば専門の業者などがいるものだが、この世界には当然ながらそれは存在していない。どうしたものかと後ろに視線をやれば、カナタがピンと指を立てて口を開いた。
「ほっとこー」
「……は!?」
「ディセくん、あれは放置しよ。わたしたちには何にもできないからねー」
「い、いや……いやいやいや、ほら、あれを運ぶにも、俺の手が要るんじゃ……」
「んー……海に浮かんでるし、船で運べる範疇じゃないかなぁ」
肺の空気が抜ければ沈むだろうが、一晩ではどうにもならないだろう。波にさらわれる可能性こそあるが、それも問題ないだろうとカナタは踏んでいた。
飛行機が襲われたという事実、火を吹く鳥、加えて空を飛ぶロボット。海上自衛隊であるとか、警察であるとか、マスコミであるとか、この怪鳥の死骸を回収しに来る組織があることは目に見えている。
「むしろ、あの怪物の脅威が正しく世間に認知されない方が、わたしは怖いかなぁ」
カナタが危惧したのは、今回の件を下手に隠蔽することで世間が「このような事件は無かった」と認知することだ。
怪鳥が飛行機を襲ったことは事実だが、結局のところ被害は特に出なかった。謎のロボットが出撃したが、残っているのはいくらでも編集が可能な映像データのみ。血や肉片が飛び散ったということもあるだろうが、どこに散ったか、そもそも怪鳥のものだと証明する術はあるか。人は理解しがたいものを目にすれば、それが「実在しない」証拠を探して安心を得ようとするものだ。
しかし、怪鳥の死骸というこれ以上無いほどの物証があれば、世間も決してこの事件が悪夢や幻ではないことに気付かざるを得ない。
「なっちゃんの体に、ディセくんやこのロボット、あの鳥。何か大変なことが起きてるのは間違いないよねぇ」
「それは……そうなる」
「ディセくんがいつでも外に出て、こういう怪物を倒せるわけでもない」
「うん」
「避けられないかもしれない脅威が身近にある、ってことを知らないと、誰も備えられないんだよー」
だから、あえて証拠を残しておく。法整備なども必要になるだろうが、いずれにせよ存在を知らなければ何もできはしない。
「それに、こっちに目を向けてくれてる間は、ロボットの方に目が行き辛いし」
「それは……そう……か……?」
「で、そのためにも早く逃げないといけないんだけど……」
「あ、そ、そうか。それで、どういう風に?」
「……なっちゃん、何かアイデアある?」
「思いつかなかったの?」
「だって安易に海外に逃げたりってワケにいかないしー……」
言われたナルミは目を瞑り、腕を組んで記憶を辿り始めた。やるならやるで、できるだけ早いうちでなければならない。
腕に押し潰される胸に思わずディセットの目が行くが、彼は鋼の意思をもって即座に目を逸らした。
ほどなく、ナルミは片目を開いて、姉と同じように片手の指をピンと立てた。
「……有名なあの巨人のやり方を真似ようか」
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