4.スカートと超技術



「ただまー」

「うぃ」


 夕方に差し掛かってきた午後5時。ようやく姉さんが両手に大量の紙袋を持って買い物から帰ってきた。

 その量にディセットは嘘だろと言いたげな表情をしているが、まあ……ストッパーがいない女性の買い物は多くなるというのもあるし、イチから生活用品を揃えないといけないとなればどうしても多くなってしまうというのもある。僕も大概嘘だろと思うけどしょうがない。いや本当にしょうがないか? 若干ノリで買ってない?

 しかし、姉さんも華奢なのによくあれだけ持つな。移動手段も電車だろうに。


「外、マスコミとかどうだった?」

「夕方のニュースのために地方局が結構来てるねぇ。隠れるのに苦労したよー」

「申し訳ない、手間をかけて……」

「いいのいいのー」


 すごい勢いで紙袋から大量の衣服が出てくる。

 そりゃあ時間もかかるわけだ……と思うのと同時に、これどこに置いとくんだという疑問が生じる。まさか何も考えてないってことはないと信じたいが……目をそらされたので何も考えてないかもしれない。

 やだなぁ。これ収納の方法僕が考えないといけなくなるやつだよ……新品とはいえ店頭に置いてあったものなんだから、一応全部洗濯する手間も必要なのに……。


「そういえばディセット、その服ってあのロボット動かすのに必要?」

「いや。あった方がいいけど無くても動かせる」

「水洗いしていいなら洗濯しとくけど」

「防水繊維使ってるから大丈夫だと思う」

「ん」


 あのスーツも精密機器を搭載していそうだ。僕が触るのは避けた方がいいか。

 家庭用の洗濯機は乱雑になりがちだし、コインランドリーでも使うのが無難だろう。けど……外に出られるかと言えば……うーん……。

 まあ、後のことは後で考えればいいか。

 それよりもだ。


「……で、姉さん。なにこれ」

「スカートだよ~」

「スカート」


 え、スカート?

 何で?


「なぜゆえ?」

「何だその日本語」

「自分で気付いてないけど、なっちゃんのその尻尾……すっごい目立つし」

「あ」

「もし外に出るなら、角は……う~ん……帽子でも被ってればエキセントリックなアクセサリーで済むかもしれないけど」

「済むのか?」

「普通の人はあんま気にしないと思う」

「尻尾はどうしようもないよねぇ。だからスカート」


 ……困ったことに、一理ある。

 実際僕の見た目は現代社会に対して非常に奇異なものだ。最近はコスプレで外出する人もいるとは聞くが、それだって場所は選ぶだろうし……何より無意識のうちに動いてしまう尻尾はどうしたって悪目立ちする。ジーンズやスラックスに穴を開けて尻尾を通すよりは……まあ、隠す方が無難だろう。

 けどスカート……スカートかぁ……。


「尊厳……」

「バレたら尊厳以前の問題だと思うなぁ。人体実験、解剖……」

「うう……」


 否定材料が無い。

 理詰めで来られると反論ができない。こっちは100%感情論でしかないんだから余計にだ。

 反論しようとすること自体がむしろ好ましくないレベルと言っていい。結局、昼前の件に引き続き言いくるめられることになってしまった。


 さて、問題は夕食の後、ワーカーを移動させようという段になってのことだ。


「ディセ君のあのロボット、何人まで乗れるの?」

「詰めればもう二、三人くらいは。しかしなぜ?」

「乗らないと案内できないでしょ~」


 実にごもっともなことを言っているようだが、姉さん半分くらいは単に乗ってみたいだけじゃなかろうか。

 僕も正直乗ってみたい。


「それに、降りた後も安全確保や周辺の確認とか、色々必要でしょ~?」

「それはそうなんだが……まあ、いいか」

「僕が乗っても大丈夫?」

「ああ、防電……あー……防電、防磁処理をしてあるから、乗っても問題は無い」


 ドラゴン要素の話になると、ディセットは目に見えて気まずそうにしていた。

 あちらからすると、ついさっきまで殺し合いを仕掛けようとしていた相手と話している気分にでもなるのだろう。僕はその辺、認識も記憶もなーんも無いので、気にかけようにもわけがわからないという感情の方が大きい。

 どちらにしても気にしたってしょうがないから置いとくけど。本人の心の持ちようでしか認識は変えられないのだし。

 で、だ。

 まず僕らはディセットがワーカーを持ってくるまで待たなきゃいけないんだけど、外に出るなら当然ながら服を着替える必要がある。

 僕もスカートを穿かなければならないというのは納得した。が。


「脱がないよ」

「むぅ」


 ロングスカートの下のハーフパンツを脱ぐ気は無かった。

 こればかりは精神の最終防衛ラインである。

 しかし尻尾がもぞもぞしてなんだかこそばゆい。神経通ってるんだなちゃんと……廊下ずるずる引きずってる時は特に何も感じなかったのに。


 ディセットが来るのを待つため、一度外に出る。マンションの外は街灯を除けばほとんど真っ暗だが、ところどころに人の姿が見える。今朝の件が未だに波及しているらしい。やはり、表通りを行くのは避けて正解だ。

 キャスケット帽と姉さんの体で上手く視線を躱しながら人通りの少ない場所に出て10分ほど待つと、どこからかピリッと来る得体のしれないものを感じ取ると共に一瞬フワッと体が浮くような感覚を覚える。直後に、重量物をそっと置いたような小さな音が路地に響いた。


「すまない、待たせた」

「わお」


 そうしてディセットも出てくるのだけど、光学迷彩のせいで虚空からポンと湧いて出てくるような格好になってしまっていた。

 姉さんと二人しておっかなびっくり近付いていくと、さっき感じたビリビリ感が更に強まってくる。

 ディセットも、例のドラゴンの影響で僕の体が電気や磁気を発しているかもしれないって言ってたし、ワーカーが発しているそれらを感じ取っているのかもしれない。

 いよいよ人間離れしてきた感があるな……。


「お邪魔します」

「しまーす」

「兵器に乗るのにそんな挨拶する人間を初めて見た……」


 でしょうね。

 そして、そもそも僕らは兵器に乗るなんて経験が初めてである。当然、作法も常識もわかるわけがない。

 どこかのハッチが開いているのだと思うけど、実際にどこが開いているのかはよく分からないまま姉さんと一緒にワーカーに乗り込む。急がないと誰かが来てしまうかもしれない。二人ともが乗り込み終わるとハッチが閉じて、再びワーカーの姿が消えた……と、思う。

 コックピットの中は、思ったよりも広い空間が確保されていた。宇宙空間に長くいることを想定しているのだろうか、棚……というかストレージ? がいくつもあり、中から保存食がはみ出している。他にもストレージに空の容器や包装が詰め込まれているのだが……うん、そうそう。友達の家に行く時、慌てて掃除したらしいのがこんな感じ。

 ほどなく、コックピットの中に照明が灯るのと共に、コックピット内のほぼ全面が外の風景を映し出した。


「ほー、全面モニタ」

「神経接続なのにモニタ要るんだ?」

「そうだな。機体各所にある無数のカメラに直に接続したら普通は……」


 パン。ディセットは握った手をパッと開いて見せた。

 ……情報量が多すぎて脳がヤバい、と。ある程度はリンクしているようだけど、それも「ある程度」らしい。

 普通は、ということは特別な場合はそうでもないのだろうか。


「飛ぶぞ。少し気をつけてくれ」


 警告されてすぐに浮遊感を覚え、大した衝撃も無く周りの景色が下にスライドしていく。

 ううん……よく分からない技術だ。多分これも便利粒子の作用なのだろうけど。


「超技術だねぇ」

「これどうやってるの? 粒子の話は一旦抜きで」

「機体の周囲だけ無重力空間になるフィールドが形成されてる」


 ……うん、なんというか理屈はともかくとんでもない技術だ。

 確か、「反重力」を発生させる物質というものは存在しない……みたいなことが、少なくともこの世界だと言われていたはずだ。人工的に無重力状態を作り出すことはできるという話だけど、それは地球上だと相当な高度からの降下などのプロセスが必要になるはず。

 これ、別の世界はすごいなぁ……どころの話じゃない気がする。そもそも自分の世界の技術だって別にちゃんと理解して使えてるものでもないし、気にしないでおくのが正解か……。


「それで、どこに置けばいい?」

「ちょっと待ってね~」


 姉さんがタブレットで地図情報を確認する中、僕はいつもと違う角度から夜の町並みを見渡した。

 可能な限りマンションから近い場所に置こうという都合上、あまり高度は出ていないが、この高さから建物を見てもなかなか新鮮だ。にぎやかで、ともするとゴミゴミして無秩序な町並みも、離れて見れば多少なりとも印象は変わってくる。

 朝から起きてる異常事態でささくれ立った心も、遠くに見える都心の夜景を見ていると少しだけ気が紛れた。

 いつもよりも、空が近い。普段は対して見えもしない星も、今なら見える気がして空を見回す――と、そこに何やら異質なものを見た。空間を揺らめかせるほどの熱量と巨大さを誇る火炎だ。


(バカバカしい。そんなのが空に浮かんでるわけないでしょ)


 怪談や妖怪でもなし。常識で考えてそんな火の玉が空に浮かんでたら、飛行機が火の玉になってるような大惨事しか思い浮かばないし。


 ――今の現実を「常識」で語るべきじゃないと思い出したのは、空に再び火の玉が浮かんだ次の瞬間だった。


「ディセット、何かおかしくない?」

「おかしいって、何が?」

「何っていうか……あっちなんだけど」


 漠然とした不安感が押し寄せる。何かがおかしい気がするが、明確にこれと説明できない。火の玉は数秒とせずに消えてしまったし、結構距離もある。もどかしいさが頭の中を占めて首をひねると、そこで不意にモニタが空中を――先程僕が違和感を覚え、指し示した場所を強調表示した。


「ん? 何だ……高熱源反応?」

「飛行機とかじゃあなくって~?」

「そういうのは『高』熱源反応と言うほどには……」


 ディセットが指先で拡大ピンチアウトするような動作を取ると、そちらに映っているのはなるほど、夜の闇に紛れて分かりづらいものの、確かに飛行機だ。羽田や成田に到着する便だろうか。

 そして、それとは別に飛行機に重なるようにしてもうひとつ――鳥、としか言いようのない影があった。

 飛行機はその性質上、鳥が衝突するバードストライクが発生しやすい。アメリカでは年間一万件以上は発生しているとも聞く。が。


「ナルミ」

「うん」

「――この世界の鳥は、20mや30mもあるものなのか?」


 その「鳥」は、あまりにも巨大だった。

 全長は20mもあるだろう。翼を広げた横の大きさは、その倍以上。

 そんな大怪鳥が、飛行機に向けて。あまりに非現実的な光景に姉さんは唖然とし、ディセットは即座に異常事態を感じ取ってワーカーの内部機器を操作し始めた。

 僕は――。


はマズい――――何がマズい?)


 胸の中で相反する気持ちが渦巻き始める。アレは何だという未知に向かう困惑と――アレは敵だ、という既知のものに対する確信。

 いや、少なくともまずいのはまずい。飛行機に火を吹きかけているのだから、そう遠からず燃料に燃え移ったりすれば大惨事になる。あんな巨大な生物なんて普通自重で潰れるものだろうから存在すること自体が信じがたいし、「何か大変なことが起きている」という漠然とした危機感は当然あって然るべきだ。

 だが、それ以上に僕の頭にはアレが「どういう手段で」飛行機を落とすかが鮮明に浮かんでいる。


「いるわけないよあんなバケモノ!」


 困惑の中でディセットの疑問に答えると、同時に大怪鳥にフォーカスしているウインドウにゲージが浮かんだ。


「……みたいだな。D粒子反応が検出されている」

「じゃあ」

「だが俺の世界にもあんな生き物はいない」

「つまり、更に別の世界の生き物が――ってこと!?」

「恐らく」


 驚きと共に、妙な納得感を覚えた。平行世界や異世界というものが存在しているのなら、それが一つだけとは考え辛いからだ。ディセットがいるのなら、更に別の異世界のものが現れてもおかしくはない。

 それに、今の僕の体からドラゴン型のイーバと同じD粒子が検出された件。古い映画のハエ男めいて何らかの原因で僕がそのドラゴンと合体? 融合? したものと考えられるが、雌雄の別すら分からないドラゴンと合体して女性の体になるのはあまりにも不条理だ。加えてさっきのイメージ。考えられるのは、恐らく……。


(いや、今はそんなこと考えてる場合じゃない!)


 僕自身のことは、気になるけど後でいい。問題なのは飛行機だ。このまま放置しておいたら間違いなく墜落して大惨事になる。

 街中に落ちるか、それとも空中で爆発四散して部品が地上に降り注ぐか……。


「ディセット、お願いしたいことがあるんだけど」

「言ってくれ」

「あの怪獣、倒せる?」

「倒すしかないだろ。大惨事になるぞ」

「それで――あの、僕らに出せるものとかは、無いんだけど」


 申し出てはみるけど、これは半分賭けだ。ディセットはPMC、民間軍事会社の社員……本来は営利を重視しなければいけない立場なんだ。無償で助けてくれというのは虫がいい話だと思う。

 彼個人が気のいいやつなのは分かったけど、だからと言って素直に聞いてくれるとは限らない。


「高くつくぞ」

「具体的には?」

「三食寝床付き」

「……分かった!」


 ――しかし、どうやらその心配は杞憂に終わったようだ。



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