3.カレーとゲーム
厚手のゴム手袋を装着することで電化製品破壊の呪いをなんとか克服した僕は生まれて初めて「うまい!」と叫びながら食事をする人間を目にした。
時刻は10時過ぎ。朝から激動すぎて朝ご飯も食べそびれた結果、朝昼兼用の食事という運びになっていた。
「…………」
「…………」
「す……すまない……」
「いや、いいけど」
昨日の残り物のカレーだよそれ。
「生まれて初めて天然食品を食べたんだ」
「お、おう」
そうだ、ディセットの生まれ育った世界って地球を放棄したSF世界なんだ。だったら毎食合成食品ということもある……のか?
僕と姉さんは示し合わせたようにルーとご飯をそれぞれ皿によそった。
「いっぱい食え」
「いっぱいくえー」
「……ありがとう?」
いいってことよ。
彼は困惑していた。
さて。
「とりあえず差し迫った問題は、あのロボットをどうするかだね」
「それはそうなんだよなぁ!」
なんせ都内は置き場が無い。自然豊かな場所でもだいたいマスコミや番組撮影が入るし、街中に置こうもんなら何かの拍子にバレる可能性が高い。
僕らの家も一軒家ならともかくマンションだし……。
「月極駐車場でも借りる?」
「ダメ。あれ審査入るから、車持ってる実態が無いと」
前に姉さんが車買おうかって話してた時に調べたけど、意外に条件が示されてるんだよ月極駐車場。
まして僕らは無収入だし、そこでNGが出るだろう。父さんならわからないけど……車を持ってるわけでもないし、いずれにしろ無理。
「空き地にブルーシートかけて置いとく?」
「警察に色々言われそうだよねぇ」
日本の警察は案外優秀だ。常にあらゆる場所を記憶してるということは無いだろうけど、その辺の空き地にぽんとブルーシートをかけた大型の荷物があったらまず確実に検査に入る。
空き地とは言うが空き地だって誰かにとっての私有地だ。そこに赤の他人の私物を置いたらそりゃ犯罪になってしまうし……数日以内に通報されるだろう。
次々案だけは出るが、現実という壁は思いの外分厚い。後ろ盾も何も無い一般人じゃ、できることがあまりにも限られてるんだよねこれが。
もういっそ警察に預けてみようかという突飛な案も出たけど、あのロボットもなんやかんや言って兵器なので放置する理由は無い。解体されるか自衛隊に引き渡されるだろう。国際問題になることも考えられるか。このロボットどこの国にも属してないけど。だからこそ宙ぶらりんすぎてあまりにも厄介とも言う。
結局、近所にあった人の出入りのほとんど無い廃工場に隠そうという話になった。これも言ってしまえば軽犯罪だし気は進まないけど、状況的に背に腹は代えられない。
行動するなら今夜ということで、ロボットの隠し場所はだいたい決まった。バッテリーはまだ問題なくもつそうだ。
「それじゃーお姉ちゃんはなっちゃんの携帯と二人の服、買いに行こうかな」
「荷物……あ、ごめん、今は無理だ」
「だよねぇ」
いつもの癖で荷物持ちについて行こうとしたけど、僕の今の見た目は悪目立ちが過ぎるなんてもんじゃない。
今朝の件でまだ外は騒がしいし、マスコミやバズり目的の一般人も大勢いる。そのうち外に出ないといけない用事も出てくるだろうけど、今は外に出ることは避けるのが無難だ。
一人で行かせるのは少し不安だけど、しょうがない。
そう思っていると、不意に尿意に襲われる。
色々ありすぎて忘れてたけど、流石にそろそろ我慢も限界だしトイレに行こう、と考えて――そこで固まった。
そもそも今の僕の体は女の子の体では?
そして、触れた家電を破壊してしまうということは、つまりトイレの便座も破壊してしかねないのでは?
「……なっちゃん?」
「いや、大丈夫」
「何だ? どうした?」
「おトイレ、行きたいんでしょ」
「…………」
……喋るのも恥ずかしいけど、だからと言って黙っているのもそれは……漏らしたりなんかしたら、多分、余計に姉さんの迷惑になる。
僕は俯きながら頷いた。顔が真っ赤になっているのが自分でも分かる。
「……耳塞いでた方がいいな? この話」
「塞いでてね~」
「ごめんなさい……」
「生理的なことはどうしても、ねぇ……大丈夫、な~んにも心配いらないから」
と、ともかく僕は耳を塞いで目を瞑った――ちょっと薄開きになってる――ディセットを置いて、姉さんと一緒にトイレに向かうことになった。
尻尾が干渉するからどうにかならないかと位置を試行錯誤したり、直に便座に触れると壊れるようだからゴム製品を間に噛ませたり……。
その時になったら流石に姉さんは退出してくれたので少し安心はしたが、それでも死ぬほど恥ずかしい思いをした数分間だった。
……ともかく色んなことがあったが、僕らは二人して早速お留守番になってしまった。
とはいえ。姉さんがいないからって僕もすぐに手持ち無沙汰になるわけではない。お皿も洗わないといけないし、僕が破壊したベッドの片付けなどもある。あと……試行錯誤の跡を片付けるとか色々……。
こういったことについてディセットができることは無いけど、何もしないでいるのも辛いだろう。
「ディセットは普段、時間がある時何してるの?」
「時間……?」
手を動かしながら軽く問いかけてみると、首を傾げたきり黙ってしまった。
ちょっと待った。17歳だろ。高校生相当の年齢なのに自由な時間が無いほど働いてるってこと? 異世界の労働環境どうなってるの?
「そこで言葉に詰まるほど酷い労働条件なの……?」
「それは、そうなんだけど……そうじゃなくて……いやそうなんだけど……」
「休みもないとか絶対ろくでもない職場じゃないのそれ……!?」
「そうじゃないんだ! 否定材料は……無いが……」
大丈夫かこの人。洗脳されてない? 一気に不安になってきたぞ。
「な、ナルミこそ普段は何をしているんだ?」
「マンガ読んだり、音楽聞いたり、ゲームしたり……ネットで料理動画見るのも好きかな。友達に誘われて外で遊ぶこともある」
「マンガ……ゲームか……」
「……無いとか言わないよね」
「あることにはあるらしいが、あまり触れたことが無い」
……もしかすると、D粒子の存在のせいで爆発的な技術発展が起きた結果、その時必要な技術ツリーだけ伸びていって、娯楽方面に割くだけのキャパシティが無かったんだろうか。
確かに今でも開発コストの増大とかは色々言われているし、ゲーム産業が発展するにはある程度技術的に停滞していないといけないのかもしれない。
「やってみる? ゲーム」
「いいのか?」
「何でも経験だろうし」
「じゃあ、ぜひ」
うっかり素手で触れて壊してしまわないように割り箸などを使って、慎重にデスクトップPCを立ち上げる。
ダウンロードしているゲームを確認。このラインナップだと……ディセットにとってとっつきやすそうなものがいいだろう。馴染み深そうなロボット系にしよう。
「はいこれ、コントローラー」
「ボタンが多いな」
「多いんだ?」
「基本、ワーカー……俺の世界のロボットは神経接続による思考制御がメインなんだ」
あ、やっぱりあるんだそういうの。
そりゃあそうか。そうでもないと人型ロボットにするだけの優位性は薄いだろうし。
ディセットがオフィスチェアに座るのに合わせて、僕も尻尾に干渉し辛い丸椅子に腰掛けた。
「これでも俺はトップエースと呼ばれるほどの腕前だぞ。これくらい順応するのはワケ無いさ。まあ、見ててくれよ」
「根本的な基準がよく分からないんだけど」
ディセットは得意満面でゲームを始めた。
そして一時間後、
「大丈夫? トップエース」
「俺はエースなんかじゃなくてゴミだよ」
すごい勢いで自信を喪失してる!
いや、たしかにクリアはできてないんだけど、順応性って意味ではすごいんだ。コントローラーの配置を教えて、軽いチュートリアルを受けただけでゲーム初心者とは思えないような動きができるんだから。
初めてのゲームとして考えると筋は悪くない。ただ……ちょっと難易度は高かったかな……。いやぁ失敗失敗。
「これ難易度高いし別のやる?」
「どうして初心者にそんな難易度のものをやらせるんだ……!?」
ごもっともで……。
「いや、でも、いいよ。半端なところで終わりたくない」
ディセットはそう言って僕の申し出を断ると、再度ゲームをリトライした。
クリアできたのはそれから更に30分ほど経ってからのことだったが、試行錯誤してようやくのクリアは達成感が大きかったのだろう。手元で拳をグッと握っていた。
「どうだった?」
「うん、たしかにやり遂げた感じで気分が上がる。楽しい」
「『こんなのリアルじゃない』ってずっと愚痴ってたけど」
「それはそれ、これはこれだ」
実際にロボットに乗ってる人ならではの目線なんだろうか。思わず、少し吹き出した。
「ワーカーの存在しない世界のゲームと考えると、なかなかよくできてるよ。リアルじゃないくらいの方がむしろそういうものとして捉えやすい」
「ねえ、ワーカーって何?」
「あ、そうだったな。あのロボットのことだよ。マルチワーカー、だから通称ワーカー」
日本語におこせば
こちらの世界におけるPMCも、必ずしも戦闘だけを業務としているわけじゃないと聞く。警備なんかもするらしいし、時によっては建築とかもして……るのかな? まあ、必ずしも重機の機能全部代行できるとは限らないだろうけど。
「やっぱり武器とか搭載してるの、あれ?」
「そりゃあな。そういう任務の最中だったし、ウエポンラックにいくつか搭載している」
「ウエポンラックってあの背中のやつ?」
「そう」
「武器ってビームソードとか?」
「ビーム……剣? どうやってビームを剣にするんだ……?」
「どうって…………あれ?」
あれ、実際どうやるんだろう。創作でよくあるビーム剣。
そもそも粒子や光でしかないビームでどうやって刀身を形成するんだ? 確か有名なやつは便利粒子を収束させて、特殊なフィールドの中に閉じ込める……とかだっけ?
あと、特殊な鉱石を使ってエネルギーを偏光させてるとかも聞いたことはあるけど……あれ、そうか。通常の物理法則の範疇だと実現不可能だ。
「そういうアニメ多いから、てっきりできるとばっかり……」
「近接戦闘用の装備はある。高周波振動ブレードというやつで、振動と熱で切削、溶断するんだ」
「ああ、そういうやつ」
「理解が早くて助かるよ。けど、そういう武器も知識として知られてるんだな……」
「実現はしてないけどね」
SFのジャンルも息が長く、技術に関する考察は山ほど行われている。ビームソードなんかもそうだし、振動ナイフなどもそうだ。実現性などの兼ね合いも含めて色んなものが考案されているため、探しさえすえば大抵の技術が理論だけは考案されている。
「ドラゴンならそんな魔法みたいなこともできるかもしれないが……」
「できるの?」
「ん? ああ」
別の(難易度低めな)おすすめゲームを起動する最中、ディセットがふと気になる発言をした。
魔法という概念があちらの世界にあるらしいことと、ドラゴンならそういった魔法のような現象を引き起こせるということ。
D粒子を観測できるようになるまではこちらの世界と同様の歴史を進んでいた可能性はあるし、わけのわからないものを魔法と称していた時代はあるかもしれない。ドラゴンがそれと同じようなことができるというのはなかなか興味深い。
「もしかして、僕もさ」
「……できる、と思うが」
それはつまり、ドラゴンと同じD粒子が観測できているらしい僕も同じことができる可能性がある。
さっきのドラゴンの画像を思い返すと、とても現実にはありえない円形の発光体が背中に浮かんでいた。あれもそういう超常的な作用の産物なのではないだろうか?
どうやるかさっぱり分からないけど。
「今のナルミの体から発せられている異常な電気と磁気の由来は、まず間違いなくあのドラゴンだろうし……コントロールできるようになれば、家電製品を壊さずに済むようになるかもしれない」
「逆に言えば、できなきゃ今後ゴム手袋生活ってワケね」
当然スマホなんか使えないしパソコンもロクに使えないことだろう。生活を送る上で死ぬほど不便だし、娯楽も制限されてしまう。
我が家は最近のマンションでよくあるオール電化だ。下手すると料理もできないしお風呂にも入れなくなる。当然トイレの便座も壊れる。これ人間社会で生きていけない体質では?
「……で、どうやるの?」
「さぁ……?」
更に問題がひとつ。そのコントロールの方法がこれっぽっちも分からないことだ。
D粒子の作用で……例えば僕の場合は生体電流が増幅でもされているのだろうという推測はできるけど、そもそもD粒子を体から発しているらしいことは自分自身で何にも感じ取れない。この状態で何をどうすればいいのか?
そもそも、体内に粒子発生器官があるとして、コントロールって何? 要は内臓だよね。任意に胃液の分泌止めたり血液を逆流させたりできるような生物が存在するか普通?
心のなかで軽く疑問を呈しながら、空中に手をかざす。小さくパチリと電気の鳴る音がするが、これは両手を接近させたことで電気同士の干渉が発生したためだ。制御とか増幅とかは全くしてない。
目を閉じて集中する。えーっと……体内の特殊な器官だから……自分の心音を探る感じ……か?
体から何かを出しているのなら、汗や血、みたいな……? でも液体ってわけでもなく空気中に流れ出てるみたいだし、空気や息? 体にまとわりつく霧? を、感じ取れば……感じ取……感じ……?
「どうだ?」
「なんもわからん」
結局何にも感じ取れなかったし理解できなかった。
軽い落胆はあったけど、想定内だ。人間の持ち得ないものをいきなり感じ取ったりなんて、常識で考えればそうそうできることじゃない。
尻尾は……さっきの猛リトライの最中、視界にチラチラ入って集中できないと言われたので、多分無意識のうちに動いているようだけど。
「まあ……いいか……どうせ今すぐ死ぬとかいうわけでもないし……」
「お前思ったより楽観的だな」
「これはね、どっちかって言うとヤケクソって言うんだよ」
今日は色んなことがありすぎて、もう感覚が全部振り切れてしまってる気がする。
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