2.謎粒子と異星生物



 どうやら僕の体から変な電気や磁気が発せられているということに気付いたのは、テレビのリモコンと電気ケトルを相次いで破壊してからのことだった。

 お湯を沸かすのが早くて愛用していたものだから、思わず8000円!(※店頭価格)と叫んでしまったのは今は置いておこう。


 気にかかるのは、ものを壊すたびにディセットさんが警戒混じりにこちらを注視していることだ。当然といえば当然の心の動きなのかもしれないが、ヒグマやライオンでも見るような目で見るほどだろうか。常識からまず違うようだから、いいともダメとも言い切れないが……。


「麦茶です」

「どうも」


 代わりに姉さんに冷蔵庫から出してもらった麦茶をディセットさんに出すと、彼は興味深そうにコップの中の液体を見つめていた。

 ほどなくして観察を終えたのか、わずかに口をつける――と、次の瞬間、一気にぐいっと全部飲み干してしまった。


「お~、いい飲みっぷり」

「……申し訳ない」


 よっぽど喉が渇いていたんだろうか。恥ずかしげにディセットさんの頬に軽く赤みが差した。

 僕は横から空のコップに麦茶を注いだ。


「……うん、情報のすり合わせをしよう。俺の知る限り、今は連合歴で174年」

「そこからか」


 西暦ですらないや。

 はるか未来のことを話しているのか、それとも全然異なる年のようでいて、こちらの西暦をあちらに換算するとその年になるのかすら分からない。困った。


「う~ん、北米って概念があるならー……国はあるんじゃないかなぁ。日本は分かる?」

「かつてはあった、ということしか知らない。宇宙開発時代に移行するにあたって、ECU――地球圏共同体連合の発足以降、自治区として地球圏全体が統一されている」

「だから『内乱』って表現……」


 普通なら「戦争」って使うだろうけど、SFでよくある世界統一政府になってるから内乱なワケか。


「よくそんなのが成立したねぇ」

「イーバの侵攻に対抗するには世界が一丸とならないと……と、イーバも存在しないのか?」

「言葉はある。イーバEBE……地球外生命体って意味だよね」


 見つかる可能性があるって言われ続けて数十年。まだ信憑性のあるそれらしい話は聞こえてこない。

 しかしすごいな、全然わからないことがどんどん増えていく。こっちのこと教えたら、多分ディセットさんのほうがそうなるんだろうけど。

 「こいつを見てくれ」と、まるで何かを滑らせるように彼は空中で指を泳がせた。


 ……?

 …………???

 指先に何かあるのだろうか? じっと見ていると、ディセットさんはまた目に見えてうろたえ始めた。


「網膜投影デバイスも無いのか!? インプラントも!?」

「夢とロマンにあふれた響きでそういうの好きだけど無いよ」

「パソコンならあるよ~」


 ……技術格差は相当なものらしい。

 互換性あるのかなと思ってたけど、ディセットさんがしばらく空中で指をちょちょっとやると、難なく姉さんの手元のノートパソコンにデータが送られてきた。横からパソコンに触れないように覗き込むと、なんともまあこの世のものと思えないモンスターの姿が画像として表示されている。

 しいて言えば水棲生物に似ているだろうか。ファイル名の通り、クラゲjerryfishに似ているものもいる。ワームや、魚に似たものも……本当に様々だ。


「これらの生物は、ある特殊な粒子と有機物が結びついた結果生まれたものと目されている」

「やっぱりあるんだ謎粒子」

「は?」

「すみません、続けて」


 ロボットモノのお約束である。

 この辺の共通認識はあちらには無いようなので説明は割愛する。


「D粒子と名付けられたこれは、工業的・科学的にも重要だ。物質との結合、化学反応で様々な現象を引き起こす」


 やっぱりこの手の謎粒子、超便利な性質があるんだ……。


「で、その粒子と結合して生まれた生き物だから、D粒子を狙って地球に向かってきてるとか?」

「まさにそれだ」

「なっちゃんよくわかったねえ」

「よくある話だから」


 漫画やゲームの話だけど。

 ともかく、そのD粒子とやらを狙ってイーバという化け物が地球を狙ってきてるのはわかった。確実に違う世界だ。


 さて、こちらもできるかぎりこの世界のことを語っていく。その差異に困惑数rやら驚くやらといった様子だったが、なんとか飲み込んで――というか半ば無理矢理飲み込んでもらって――説明を終えた。


「……平和なんだな」


 一通り聞き終えたディセットさんの感想は、そんな素朴なものだった。

 変な宇宙モンスターは出ないし、兵器群が異常発達してるわけでもない。地球も放棄されていない。小さな日常の問題は絶えないし時には国際問題もあるけど、説明を受けた通りの物騒な世界に住んでる彼から見ればこの世界は間違いなく「平和」の範疇なのだろう。


「そうだね。だからあのロボット、迂闊に乗り回してたら大問題になるよ」

「だろうな……」


 大きなため息が漏れた。

 警察とか自衛隊とか在日米軍とか、あと海外政府とか、マスコミとか……考えれば考えるほど問題は多い。

 はっきり言って日本であんなもん乗り回す必要は無いけど、光学迷彩だってタダで使えるものじゃないだろう。どこかのタイミングで解除する必要はある。

 でも見つかったとしても出処でどころなんて説明できるわけもないし、どういうものかを説明したとしても冗談を言うなで終わりだろう。


「しかし……」


 と、ディセットさんがこちらをちらりと見る。

 しかし、何なのだろう。僕に何か問題が? 冷静に考えると問題しか無いわ何だこの角と尻尾と性別。


「さっきから……ロボットに乗ってた時から僕の方見てたけど、理由を教えてくれない?」

「……ああ」


 彼は考え込むように椅子に深く腰掛けた。


「別の世界で社外秘も軍事機密も無いか。イーバの中にはドラゴン型という特殊なタイプがいるんだが……」


 急に話がファンタジーに寄っていくのとともに、姉さんの視線が角に向かった。


「体内器官の作用で地力でD粒子を生成することからに狙われていて……木星付近で発見されたドラゴンと同じ粒子反応が君から検出された」


 ――そして、想定よりも遥かに早く、この状況に対する回答に近いものが発せられた。

 同時にディセットさんの目的もある程度察せられる。工業的、科学的に極めて重要視されるD粒子を自ら生み出す生物、「あらゆる勢力」が狙っている、木星にいたという先程の発言、それに地球にやってきた時の状況……恐らく、ディセットさんはそのドラゴンの討伐、ないしは捕獲をするために木星にいたのだと思われる。

 幸いなのは、同じ反応を示しているからという理由で、問答無用で攻撃などはしていない点か。

 場に緊張感が走るが、直後に姉さんの間延びしたような声が空気を緩めた。


「そのドラゴンの画像ってあるのかなぁ?」

「それは、もちろん」


 送られてきたデータを見れば、なるほどそこには「ドラゴン」が映されていた。

 暗闇の宇宙空間の中でもよく目立つ体表。細長い体はどちらかと言えば東洋の龍に近いが、広角に覆われた太い前腕や巨大な爪など、特異な外見的特徴も多い。中でも目を引くのは、背中に浮かんでいる巨大なドーナツ状の発光体だ。翼が無いからその代わりなのだろうか。不謹慎ながら、天使のようだとも感じてしまった。


「おぉ~。尻尾も角もこんな感じ」

「そう……?」


 自分じゃよく見えないからよく分からないけど姉さんがそう言うならそうなんだろう。ディセットさんも頷いていた。


「一応、先にこれだけは伝えておきたかったんだが、俺は君に危害を加えるつもりは無い」

「任務は?」

「命じた人に連絡の取りようが無いし、人権を侵してまでやることじゃない」


 言葉だけならなんとでも言えるけど、今はこれで納得しておこう。

 父さんも昔「人間関係はまず信じることから」って言ってた。全部疑ってかかってしまえば会話もできず自己完結するだけに終わってしまう。


「それで~、ディセットさんはこれからどうするの?」

「さ、『さん』? 申し訳ないけど、カナタさん。年上からそう言われるのは慣れてないんだが……」

「え、いくつ?」

「17」

「同い年!?」


 嘘だろこの身長タッパで歳同じ!?

 女の子の体になる前の僕より20cm以上高いしPMCに就職までしてるのに17歳!?


「えっとじゃあ……ディセ君?」

「あ、はい。あだ名とか初めてだな」

「実際どうするの?」

「……とりあえず、元の世界に戻る手段を見つけたい」


 が……まあ、難しいだろうね。

 少なくともこの世界は彼の世界のように技術が異常発達していないし、異世界や並行世界なんて物語ではありふれてるけど、他の世界に接触するための手段は無い。もしかすると存在するのかもしれないけど、少なくとも公にはなっていない。

 それだけでも手がかりを探すのは難しいが、ディセットさんはまずいことに戸籍がなく、社会保障を受けることができない立場だ。おまけに外国人でもあるので下手に外に出て職質でも受けようものなら在留資格やパスポート、ビザなどの有無を問われて存在もしない祖国に強制送還されかねない。

 この上衣食住全てが足りないので下手に放り出したら数日で行き倒れそうだ……。


「僕も自分の体を元に戻す方法があるなら知りたいし、協力しないかな?」

「協力?」

「そう。このまま放り出すのも心苦しいし、うちにしばらく滞在していい」


 僕の申し出に、姉さんも頷いた。うん、思うことは同じか。


「代わりに、ディセットさんの――」

「呼び捨てで構わない」

「ディセットの知ってる知識や技術について教えてもらいたい」

「順応早いな。いや、でもそうだな……それは」


 室内をぐるっと見回し、少しだけ訝しげな顔をされる。


「いいのか? ご両親の許可などは」

「お母さんのことはちょっと言いづらいけどー……」

「え、あ……申し訳ない」

「父さんは単身赴任。困ってる人を助けたってだけだし、文句は言わないでしょ」

「そうか…………ありがとう。お世話になる」


 確か海外だと、挨拶の時は頭を下げるんじゃなくて握手するんだっけ。そう思って手を差し出すと、ディセットはすぐにそれに応じて握手を返してくれた。

 律儀だなぁと思うのとともに、少しだけ好感を抱く。この世界に来たのが悪い人じゃなくってよかった。


「まあ、どうするのか、って話はなっちゃんもだけどね……」

「うっ……」


 ――結局この日、僕は高校の皆勤賞を逃すことになった。



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