融界ドラゴネット -あさおんからはじまる世界融合-
桐型枠
1.ロボとドラゴン
ある朝、僕が何とも言えない冒険活劇風の夢から目が覚めた時、自分がベッドの上で何とも表現しきれない別のものになっていることに気がついた。
まず体を起こして目についたのは、寝間着に使っていたTシャツを内から押し上げる胸部の
妙に重い頭を振って視線を動かせば、なぜか無惨にバラバラになった枕があった。いったい何事かと頭に手をやれば、そこには側頭部を横から囲むように硬質な感触がある。
(何だこれ)
寝ぼけ眼のままスマホを手に取ろうとすると、次の瞬間静電気が走るような音をしてスマホは煙を上げてしまった。え、と思わず小さな声が漏れる。スイッチに触れてもうんともすんとも言わないあたり、どうやら今の一瞬で壊れてしまったようだ。
いったいなぜ。困惑が頭に浮かぶよりも先に、今度は尻に異物感を覚え立ち上がる。
――そこには白く、太く、それでいてしなやかな尻尾が生えていた。
ベッドはちょうどその辺でへし折れている――ついでに、下着やズボンも半ばから張り裂けていた。
流石に寝ぼけていた頭でも、これは何か大変なことが起きていることに気付くのは難しくなかった。
「いったいなにがどうなって……」
わけが分からない。混乱が頭を埋め尽くすまま、僕は思い体と尻尾を引きずって姉の部屋に向かった。
「ええ……うわぁ……なぁにこれ……」
幸い、姉のカナタは朝早くから講義があるためか、普通に起きていた。
多少のすり合わせで僕が
「どう? 姉さん」
「ん~……やっぱり直に生えてるねぇ」
どうやら医大生から見てもそうらしい。オマケに、触るとビリっと来るとのこと。何のこっちゃ。
「なっちゃん、昨晩変な薬でも飲んだりした?」
「しないよ」
もしそんな薬があるなら世の中はもうちょっと混乱しているはずだ。
姉さんも医学部って言っても
朝、目が覚めたら女の子になっていたなんて物語だけの話だし、人から角や尻尾が映えるなんてファンタジーは現代社会には無い。このふたつが同時になんてそれこそ荒唐無稽だ。
が……実際にこんな怪現象が起きているのも事実。現実だけはどうにもならない。
「姉さん、ネットに似たような事例転がったりしてない?」
「ん~……確かに、少し前から似たような投稿は上がってるみたいだけど、フェイクも多いかもねぇ」
「増えてるんなら何か原因があるかも」
僕に言われる前からSNSの投稿を確認していたらしい姉さんは、どうやら数日前から……妙な、体の変異だとか性別が変わったとか、そういった内容が増えていることが確認できたようだ。
たとえフェイクが多くても、投稿が増えているということは何らかの理由がある。何か想像もつかないようなおかしなことが世界中で起きている……のかもしれない。
(しかし、学校どうしよう)
とはいえ、僕は所詮いち市民でしかないわけで、例えばこれがウイルスの仕業であるにせよ国家ぐるみの何らかの実験のせいであるにせよ、個人でどうこうできる範囲ではない。
とりあえずは差し迫った眼の前の問題について考えを巡らせることしかできないのであった。
逃避気味の思考が引き戻されたのはこの直後、外から轟音と振動を感じ、車のクラクションが大音響を奏で始めた頃だった。
「何事?」
カーテンを開き、ベランダに出るための大窓から外を覗こうとしたその時――部屋の中を覗き込む「それ」と目が合った。
目。正確には、センサーと表現するべきだろうか。地上六階に位置するマンションの一室を覗き見ることができるほどの
現代に存在するはずのないものが、道端に立ち尽くしていた。
「は」
流石に、一瞬頭が真っ白になった。
今日の出来事はどれも困惑するのに十分だが、もういくらなんでも精神的に限界だ。叫び出さないだけでも褒めてほしい。
ロボットだ。ゲームやアニメで見られるような、巨大ロボ。暗い青を基調として、各所に黄色や白の差し色が見られる。特徴的なのは背部に背負った角柱型の物体だ。なんとなく、野球のバットケースのような印象を受けるが……同時に明らかな「兵器」らしさを醸し出している。
一方、窓の外にいるロボット
「何……これ……」
「さ……さぁ……?」
姉さんも状況を飲み込みきれてないようだ。そりゃそうだ。
どうしよう。あちらも困惑しているようだけど、僕らも困惑している。何が起きたか理解できていないのはお互い様のようだ。
――その中にあって、なぜ真っ先にこの部屋に意識を向けて覗き込んだのか、疑問が生じる。
日常の中にあって、今の僕の姿とあのロボットだけがあまりにも明確に「異常」を示しているのは確かだが、だとすると……あのロボット、何か知っているかもしれないのでは?
いや、何も知らない可能性は十分あるけど、現状を打開できる可能性だって十分にある。
(「わからないことがあったらまず聞こう」って父さんも言ってたし)
アニメや漫画で見られるみたいな侵略ロボットとか自律兵器? みたいなのって、あんな足元に配慮しておっかなびっくり動いたりはしないだろう。少なくとも意思疎通はできそうだ。
仮にそういうつもりなら、無差別に銃を撃つなり殴るなりして破壊活動を始めていておかしくない。だから、僕は思い切って窓を開けて「それ」と相対することにした。
「……どちら様ですか!?」
……投げかけることができたのは、そんなささいでありきたりな、色んな意味で状況にそぐわない言葉だけだったけど。
混乱の極みに達したのだろうか。ロボットのセンサーがすごい勢いで明滅したり目まぐるしく上下左右に動いたりしている。まんま人間が動揺した時のような動作に思わず笑いそうになってしまうが、ぐっとこらえて相手の反応を待つ。
これだけ騒ぎになったら、そう遠からず警察が来るだろう。こんなロボットともなればマスコミも来るし……今頃SNSは祭りになってるかもしれない。
「なっちゃん、SNSすごいことになってる!」
もうなってた。早いな現代社会。
ともかく、下手に笑ったりして話をこじらせるようなことはしたくない。
数秒、考え込むように黙り込んだ後、ロボットは改めてセンサーカメラをこちらに向けた。
『こちらブラギPMC火星駐留「バロメッツ」部隊所属、ディセット・ラングランだ。ここは地球なのか? 君は――何者だ?』
――なんか、またややこしい情報が増えた気がする。
姓名……は、ともかく、所属とか言語とか、あと場所とか、色々言いたいことはあるけど、とりあえず……。
「こっちもよく分からないので、まず降りて話しませんか?」
パトカーのサイレン、聞こえてきてるし。
そう申し出ると、ディセット、と名乗ったパイロットは肯定を示すようにロボットのアイカメラを光らせた。
・・・
件の巨大人型ロボットは僕が考えているよりも遥かにハイテクな代物だったらしく、パイロットが降りてくることを決めた数秒後にはロボットは僕らの視界から消えていた。
俗に言う光学迷彩というやつだそうで、少し離れた場所に隠したそうだ。
都内とはいえ、23区外なら自然の色も薄くはない。隠し場所にはそう困らないだろう……と、思う。川から出てきたあたり、恐らく……としか言いようがないし不安しか無いけど……。
で、少しして僕らは例のパイロット、ディセットさんと、マンション近くの公園の目立ちづらい一角で合流していた。
目算、姉さんより頭一つ分以上背が高いから、身長にして190cm以上の偉丈夫だ。パイロットスーツ、というのだろうか。全身を包む装備も使い込まれた様子で、コスプレ感は無くサマになっている。
PMC――民間軍事会社と名乗るだけのことはあり、顔に刻まれた大きな傷跡が特徴的だ。
「すごい」
「うん」
本物のパイロットだ。まるでアニメなんかからそのまま出てきたみたいな。
その姿もあのロボットも僕らの知る「現実」とはあからさまなほどに毛色が違う。……まるで、今の僕の姿と同じように。
ディセット、と名乗ったパイロットの青年は僕の姿や周囲の風景を興味深そうに見回している。時々こちらの胸元に視線が行くのは……まあいいとしとこう。同じ男として理解はできる。
しかし。
(角とか尻尾とか生えてる変なヤツを気にするまでは普通だけど、景色にまで目を向けるのはちょっと異質だ)
外国人にとって日本の風景は見慣れないものと聞いたことはあるけれど、こんなに、まるで「ありえないものを見た」みたいな反応をすることはまず無いはずだ。
反対に、あちらも僕らからの視線に気付いたのだろう。気を取り直すように咳払いし、表情を引き締めるとこちらに向き直った。
「改めて――ブラギPMC火星駐留部隊所属、ディセット・ラングランだ」
「ご、ご丁寧にどうも」
言ってることの意味半分もわかんないけど。
火星駐留ってどういうこと?
「えーっと……帝都大三年の
「弟?」
「神足ナルミです」
「弟!?」
何度も言わなくていい。
事実としてこんな風になってるんだからどうしようもない。僕らだって状況を理解しきれてないし。
むしろ、ディセットさん? の存在を頼りに状況を紐解こうとしてる面もある。
「朝、目が覚めるとこんなことになってて」
「そ……そうか……」
何言ってんだかわけがわからないと言いたげだけど、実は当の本人がなんかもう
何だこの角。何さこの尻尾。スマホもベッドも壊れたし散々なんだけど。
「ここは……地球なのか?」
「そりゃあ」
「まあ」
どこか他の惑星のテラフォーミングに成功したって話も、スペースコロニーみたいなのが建造されたって話も聞いたこと無い。人類の居住圏は未だ地球の中だけだ。
ただ、この人の表情を見るに「ここ」が地球であるのは驚くべきことらしい。
「何をそんなに驚いてるの?」
「そりゃあ驚くさ! 俺、ついさっきまで木星にいたはずなんだ。地球も80年前の北米自治区の内乱を期に大半の人は軌道上のオービットに移住してるはず。こんなに栄えてるなんてありえない……」
「なんて?」
参ったな、言ってることの意味は分かるが内容が理解できないや。
姉さんに視線を送ると、困惑気味に肩をすくめられる。あっちも理解が及ばないらしい。
北米っていうかアメリカがどこかの国に併合されたような話は聞かない。軌道上っていうのはつまり衛星軌道上のこと……だろうか。現代社会では宇宙空間を安定した居住地にする手段は未だ各国が模索中で切磋琢磨している最中だ。
彼は明らかに、存在しない歴史について語っている。
(バカなこと言ってる、で済ますにはあの人型ロボットの存在が……)
そうなると、思いつくのは……。
「平行世界から来た……ってこと……?」
「と、しか考えられないけど~……」
平行世界。パラレルワールド。異世界。この際何でもいいけど、現代では専ら科学的見地から否定されている存在だ。
僕もあったらいいなとロマンは抱いているけど、現実的には……まあ、存在しないだろうし、あったとしても互いに干渉できるものじゃないと諦めてもいる。
けど、ありえないはずの人型ロボットに、ありえない歴史を語るパイロット。そして今の自分自身の状態という「現実」が理屈を殴りつけて押し流している。
「……場所を変えないか?
同じ結論に至ったのだろうディセットさんの申し出に、僕らは一も二もなく頷いた。
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