前編 ~タナカカクトの暴政~
生きる価値もない男の復活
カクトが昏睡から目覚めると、内臓をぶち撒けた身体が元通りになっていた。背骨が首を突き破った感触も、四肢が摩擦で引きちぎられた痛みも全部なくなっている。
カクトは半身を起き上がらせてしゃがみ込み、そっと自分の手のひらを見つめた。綺麗で華奢な白い指が10本伸びている。――おかしい。自分の指はもっと太くて短くて、血管だらけな汚いものだったはずなのに。
(どういうことだ……俺は電車に轢かれて死んだはずじゃ!?)
カクトの頭の中は混乱した。周囲を見渡すと、明らかに異常な光景が広がっている。そこは幻想的な黄昏の光で満ちており、黄金の空とでも形容できるような場所だった。
カクトの目の前で突如、眩いほどの白い光が輝く。
思わず目を覆い、視界が一瞬奪われる。眩みが消えて腕を上げると、目前には美しい大柄な壮年男性が現れていた。
「ようこそ。タナカカクトよ。魔法世界アニバサブへ」
「は?」
カクトは恐怖心と猜疑心を抱きながら、思わず警戒の色を声に出す。
壮年の男性はしなやかな長い白髪をたなびかせ、カクトの前に翼のように両手を広げた。
「我はこの世界の神テロワール。あなたを地球から連れ出して、この魔法世界で復活させた者です」
「魔法世界? 復活? 何言ってんだお前? まさか、ここは死後の世界だとでも言うのか?」
「いいえ、違います。あなたは異世界に転生を果たしたのです。そしてこれがあなたの新しい姿……」
神なる存在が手を翳すと、カクトの目の前に大きな姿見が現れる。
そこには百貫デブでブサイクな40歳初老の自分の姿はなかった。
黒髪で童顔の見目麗しい18歳ぐらいの美少年が映し出されている。
「これが……俺? 本当に俺、なのか?」
「ええ、あなたには新たな人生を歩む資格があります。そしてあなたにはアニバサブを救ってほしいのです。この世界は愚かな人間たちによって魔術が封印された。その秩序乱れた大地に光を取り戻してほしいのです」
カクトはただしゃがみ込んだまま、神なる存在を恍惚とした
その者は訳の分からぬ呪文を唱えて両手同士を近づけると、その隙間に光の玉が生まれた。
「受け取りなさい。これはあなたがこの世界に立ち向かうために必要な力です。『ファイアボール』・『クラフトニードル』・『パーフェクトガード』・『ワープホール』。かつて人間たちが封印した4つの強大な古代魔法。あなたの世界の言語で言い換えれば、チート魔法です」
光の玉がカクトの胸に向かって飛んでくる。心臓の奥まで溶け込むように、身体の中へと吸い込まれていった。何故だかわからないが、自然と力が
「ではまずは『ワープホール』の呪文を唱えなさい。ミチュアプリス王国の玉座の間に降り立つ自分の姿を想像するのです。そこで悪逆の暴君アルマデスを倒し、あなたが新たな王となるのです」
「……俺が、王?」
カクトは放心したまま声を漏らし、瞳を輝かせる。
「ええ、あなたがアニバサブ世界の王となるのです。ファース大陸に君臨し、あなたがこの世界の全てを支配しなさい。あなたには今それが叶えられる力がある。そして再び魔法で溢れかえる大地を取り戻すのです」
神なる存在はカクトの頭上に右手を近づけ、光の玉をもう一度出す。するとカクトの頭の中に、高速で情報が流れてくる感覚が走った。ファース大陸の歴史の中で培われた言語知識、そして先ほど習得したチート魔法の使い方。それら全てが一瞬でカクトの脳内にインプットされた。
「クフフ……クヘヘ……クヒャヒャヒャヒャヒャ……」
カクトの喉からすり潰したような笑い声が漏れる。
そしてしゃがみ込んでいた黄金の地面から立ち上がると、神なる存在と対峙した。
「ありがとよ神様とやら。俺にこんな力をくれちゃってさぁ。ならお前の望み通り、この世界の王になってやるよ!」
カクトは神なる存在に背を向けると、『ワープホール!』と口を歪めて呪文を唱える。
すると目の前には、人一人を包みこめる大きな黒い靄が出現した。
カクトはただ前へと進み、そして黒い靄の中へ姿を消していく。
「……ステータスオープン」
カクトが暗闇に溶け、完全に音もなく靄が消えた時、神なる存在は詠唱した。
その者の目の前には、半透明なガラスのような板が現れる。そこにはファース大陸言語で綴られた大量の文字がびっしりと並んでいた。
(田中角斗。享年40歳。幼少期から友達が一人もおらず、小中高といじめを受け続けた。周囲を見返すために、今まで碌に勉強してこなかったが、難関大学に受験して失敗。滑り止めのFラン大学に入学する。だが勉学への意欲がなく2回生の時に中退。そのまま就職活動もせず20年間ずっと引き篭もりだった。
一日中パソコンの画面に張り付き、SNSで炎上している著名人を誹謗中傷するコメントを繰り返す。38歳の時に父親が他界。それからは70歳を過ぎた母親のパート給与と年金だけを頼りにニート生活。
……一言でいえば生きている価値もないゴミ人間だな)
神なる存在は半透明の板を手で掻き消す。そしてカクトが進んだ方向とは逆の道へと歩き出し、やがて全身が光に包まれながら消え去っていく。
(さて、あんな知性も理性もない人間が突如強大な力を得たらどうなることか……まぁ、愚かな人間を観察するのは退屈しのぎぐらいにはなるだろう)
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