番外編 挫折の若手騎士はおもしれえ女と出会う(前編)

 これは僕、ルイス・クロフォードが21歳の時の話。


 第三騎士団に配属されて1週間。理想と現実に思い悩み、寝付けなくて中庭で転がって星を見ていた。


 「お兄さん、大丈夫?」


 鈴が転がる様な声に問いかけられた。

 

(誰だ? こんな時間にこんな場所で……)


 面倒だが声の主を確かめる。それは水色に青いラインが入った見慣れないローブを着ていた。そして彼女はフードを目深にかぶっている。


(この色は初めて見た。ローブの型は女神寺院関係者だが)


 俺が怪訝な顔をした事に慌てて、その人物はフードを降ろす。


 柔らかいピンク色の髪を肩まで伸ばしたした少女だ。好奇心で目を輝かせながら屈託のない笑顔を見せている。俺も騎士団に入って数年経つ。城内の顔ぶれは覚えている方だが、この少女は初めて見る顔だった。


 (13?……14歳位か?子供が何でこんな所に。寺院シスターの見習い体験でもやっているのか?)


 世間知らずというか、天然というか……子供は寝る時間である。それにこんな時間に話している所を見られたら、変な噂が飛び交いかねない。俺は上体を起こして彼女を追い払おうとした。


「どこの受け持ちだ? 夜にうろちょろしてると叱られるぞ。さっさと帰れ」

「それはお互い様でしょ? お兄さんだって寮に戻らなくていいの? ……あれ?その剣、聖女様の加護を受けていない……新人さん?」


(何なんだよ、このガキ……)


 彼女はしゃがみ込むと傍らに置いてあった剣をキラキラとした瞳で見つめる。

 寺院の関係者は聖女の力が見えるとか見えないとか聞いたが……こんなちんちくりんにも見えるのか。


「新人じゃない! 騎士に成って三年だ。それに加護を受けた剣も有るけど、こっちの方が慣れてるの! それに聖女の加護なんて、強力なもんじゃないだろ? そんなことより……」

「これ食べる? 本読んでたらお腹減って。気晴らしも兼ねて散歩してたの」


 彼女は俺の『帰れ』を遮りマイペースに話しだした。

 更に彼女は懐から紙の包みを取り出し、そこから焼き菓子を一つ俺に渡した。


「……いや、いらん」

「そう? 王宮の食べ物はおいしいねぇ~」


 そう言いながら、ピクニックでも楽しむかのように星を見ながら食べ始めた。


(このガキ。どこからかくすねてきた?)


「仲間がくれたんだ~。お兄さん、なにか嫌な事でもあった? 第三騎士団は明日遠征だからみんな寝ているのに。不満そうな顔して」


 ガキに顔色を読まれた。それになんだコイツ。明日の予定まで把握してやがる。王宮に住み着く怪異か?? ……ただそれよりも『嫌な事』と『第三騎士団』というワードを聞いて思わず愚痴ってしまう。


「ああ、その第三騎士団が嫌なんだよ!……なんで聖女の護衛だなんて」

「へぇ~。なんで聖女の護衛イヤなの?」


「せっかく第二騎士団で実績を重ねたのに……第三騎士団に左遷だなんて。あんな性悪聖女のお飾り騎士なんてまっぴらごめんだ!」


 聖女と持てはやされているが、肩書を掲げて好き放題。評判の良くない聖女だった。実力も先代より劣るし国の治安は荒れる一方。国を護るために騎士団に入ったのに…… 


 それを聞いて彼女はせき込みながら目を丸くする。持っていた水筒の飲物を煽り飲むと慌てて周囲をみて、小声で話しかけた。


「まぁまぁ、落ち着いて。聞かれたら大変だよ?」

「いいんだよ、俺じゃなくても替わりは大勢いる。辞めてやるこんな……」


 言い切る前に、このガキんちょは言葉をかぶせるようにのんびりと言ってのけた。


「第二騎士団からの移動じゃ、お兄さんはかなりの実力者なんだね。お兄さんみたいな騎士がいるなら安心できるなぁ。第三騎士団って戦闘に遭遇することが少ないから鈍っちゃうんだよね……そうだ、私も寺院で見習いとしてお世話になっているから、面白い事出来るんだ。剣を借りるね」


 彼女は置いてあった剣を鞘から抜いた。


「おい、何だよ! 剣に勝手に触るな……」

「大丈夫、悪い事はしないよ」


 彼女は胸の前で剣を握ると目を瞑り聖女の様に祈ったのだ。


「剣よ、折れずにこの者と戦いぬきたまえ……」


 驚くことに彼女の周りにはふわりと光が舞い、剣にも同じ光が纏わりついた。光は剣に吸い込まれるようにすっと消えた。


「おまえ、聖女と同じ力が使えるのか……?」


「そうだよ。私、聖女……様の力の使い方を見て覚えたの! なんか楽しくなっちゃって、こうやってかけて回ってるんだ! 他に何か持ってない?」


(かけて回ってる? 他に?)


 みるみるとこのガキんちょの顔は悪戯を企んでいる子供のそれになった。


「回復薬とかもってない? あるじゃーん!!」


 彼女は俺の荷物の中から見えていた非常用ポーションの瓶を手に持つと祈った。

 これは子供のいたずらに等しいのでは?


「おい、さわんな。散れ! 詰所に突き出すぞ?」

「ははは! こわいこわい。退散するかぁ。じゃあ、あした気を付けて行って来てね!」


 そういって変なガキは屈託なく笑ってその場を去って行った。その時の僕は狐につままれた顔をしていただろう。


(真剣に悩むのがアホらしくなった)


 辞めるかどうかは明日戻って来てから考えよう。俺は寮へと戻って眠りに就いた。

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