第63話 主人公がいない物語


「おい、ケイン。おまえ、『支援』が使えなくなったのか?」


 俺たちがワイバーンを倒して素材の解体をしていると、後ろでそんな会話が聞こえてきた。


 俺が振り返ると、そこではザードが不機嫌そうな顔で怪我をした片手を押さえている。


 ザードの表情には、少し前までケインを煽てていた面影はない。


あれだけ大声でケインが俺に言っていたのだ。同じ場にいて聞こえなかったわけがないか。


その証拠に、あれだけベタベタだったエミも今はザードの隣にいる。


 随分と現金な奴らだと思いながら、俺は三人の会話に耳を傾ける。


「ざ、ザード、エミ。そうなんだ、ロイドに奪われちまった。だからさ、ロイドから奪い返す方法を考えようと思うんだ。みんなで案を出せば、きっと奪い返すこともできるんじゃないかと思うんだ」


 あれだけ威張っていたケインの姿はそこにはなく、ケインは媚びるような笑みをザードとエミに向けている。


「あぁ? なに都合の良いこと言ってんだ?」


 縋ろうとする目を向けられたザードは、苛立ちをそのままにケインの脇腹に思いっきり蹴りを入れる。


「がはっ! ざ、ザード? 急に何をするんだよ!」


「『支援』がないおまえはもうただのクズでしかないだろうが! 誰がお前となんかパーティを組むか! ここまで散々こき使いやがって!!」


 ザードはそう言うと、何度もケインの腹や顔に蹴りを入れる。


 ケインはなんとかガードをしようとするが、ステータス差があるザードの蹴りを防ぐことは不可能だった。


 それでも、ケインは媚びるような笑みを浮かべ続ける。


「で、でも、なんとか『支援』を取り戻せば、まだA級冒険者でいれるかもしれないんだぞ?」


「取り返せる目途も立ってないのにか? そんな計画に乗る奴がいるわけがないだろうが! 簡単にスキル取られてんじゃねーぞ、クソがっ!」


 ザードはそう言うと、最後に顔を思いっきり蹴り飛ばす。


 ケインは地面に倒れてうめき声を上げていたが、何かに気づいたように匍匐前進をしてエミに近づく。


「え、エミ! おまえは俺と一緒にいてくれるよな? 俺のこと好きだって言ってたもんな?」


 ケインが顔を上げて縋るような笑みを浮かべると、エミはそんなケインを鼻で笑う。


「『支援』のないケインさんに興味はないですね。私が好きな人は、私に大きい顔をさせてくれる男の人なので。何か期待してるみたいですけど、私は元からケインさん個人は好きじゃないですよ」


「そ、そんなっ……けほっ、ごほっ」


 ケインは余程エミの言葉が効いたのか、咳き込んでから顔を上げなくなる。


 ……あまり見ていて良いものではないな。


 俺は怒りが収まっていなさそうなザードをちらっと見てから、すくっと立ち上がる。


「ロイドさま?」


「これ以上蹴られたら死んじゃうかもしれないかな。止めてくるよ」


 俺はリリナの頭を軽く撫でてから、ケインたちの方に向かう。


 俺がケインに近づいていくと、ケインが俺の接近に気づいたのかゆっくりと顔を上げる。


「なんだよ……俺がみじめに見えて謝りにきたのか? あぁ?」


 ケインはそう言うと、頭をガシガシッと力強く書いてから俺を睨む。


「俺は許さないぞ、ロイド……謝られても、おまえだけは絶対に許さないからな! おまえのせいで俺は、俺はっ!!」


 ケインは肩で息をしながら、ギリリッと歯ぎしりの音をさせる。


 俺はそんなケインを見ながら、短く息を吐く。


「別に謝る気はない。謝ったところで、許してもらえるはずがないからな」


「は?」


 俺がそう言うと、ケインは間の抜けたような声を漏らす。


 俺がアニメで観てきたことや、調子に乗ってきたケインのユニークスキルを奪ったことは、謝罪をしたからといって許されることではない。


 だから、俺のことをケインに許して欲しいと言う気持ちは一切ない。


 俺はケインを見つめながら、言葉を続ける。


「ただ俺がしてきたことが許されないように、お前のしてきたことも許されることじゃない。それだけは言わせてもらうぞ。自分がやられてきたからって、酷いことを他の人にやっていいわけじゃないだろ」


「うるせぇよ! おまえにっ、おまえに、俺の何が分かるんだよっ!」


「分からないな。分かりたくもない……ヒロインを傷つけてまで、自分の強さを周りに見せつけたいお前のことなんてな」


 俺は怒りを押し殺しながら、ケインを強く睨む。


 調子に乗って色んな悪事を働いてきたこと以上に、俺はケインのその行動が許せなかった。


 自分が一番その辛さを分かっているはずなのに、その辛さや痛みを他の人に与えようとする考えが頭にきた。


 別に、人道的にどうかとかそんなことではない。


 ずっと観てきた、心の支えだったアニメの主人公に裏切られた。


 そんな幼稚な理由と、俺の心をずっと支えてきてくれたヒロインを痛めつけたことが許せなかったのだ。


 何も考えてなさそうなくせに、いざとなったら身を粉にしてヒロインを守る心優しい主人公。


 画面の外から見ていた、俺が見てきたケインはそんな主人公だったから。


「……訳分かんねぇよ、クソったれが。絶対におまえだけは許さねぇからな、ロイド」


「ああ。それでいい。許されないよ、俺たちはな」


 たとえ、俺たちがレナたちに作り上げられた悪役だったとしても、俺たちのやってきたことは許されない。


 多分、もうこのアニメの中には主人公なんていない。


 歪な形の悪役が二人いるだけなのだ。


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