第30話 最悪な第一印象


「なんなんですか、あの人。邪気がまみれじゃないですか」


「そ、そんなに酷いのか?」


 リリナは俺の隣で舌をちろっと出してから、大きく頷いて俺を見上げる。


「酷いなんてもんじゃないですよ。近づきたくもないくらいです」


 リリナはそう言うと、目を細めてケインを睨んでいた。


 ……アニメの展開だとあれだけケインにベタベタだったのに、こんなにリリナがケインを嫌悪するとは。


「ロイドさまとは大違いですね。まったく」


「そう、かもな。いや、どうなんだろうか」


 俺は隣で大きくため息を吐くリリナに上手く言葉が返せず、少し口ごもる。


 ケインにリリナを紹介するために冒険者ギルドに来たんだけど、リリナのケインに対する第一印象は最悪そうだ。


 リリナの幸せな未来のためにと思ったのだが……本当にどうしようかな?


「ロイドさま?」


「ちょっと待ってくれ。少し考える」


 俺はこてんと可愛らしく首を傾げるリリナを見ながら、唸り声を上げる。


 想定外過ぎる展開を前に、どうすればいいのか分からなくなってきたな。


「ん? お! その品のない金髪はロイドじゃねーかよ!」


 俺が頭を悩ませていると、ふいに大きな声が俺の名前を呼んだ。


 その声は、さっきから店員に怒鳴り散らしていた声と同じものだった。


 ということは、つまり……


 俺が恐る恐る顔を上げると、そこには酒の入ったグラスを傾けているケインの姿があった。


 あれだけロイドにいじめられて、ロイドの名前を呼ぶときはおどおどしていたはずのケインが、ふんぞり返りながら俺の名を呼んでいる。


 ていうか、今ロイドの髪を品がないとか言わなかったか?


「なんですかあの人間。ロイドさまを侮辱するなんて許せませんね」


 リリナはそう言うと、座った目をケインに向けたまま短剣を引き抜こうとした。


 俺はリリナの行動に驚きながら、慌てて短剣を引き抜こうとした手を押さえる。


「まてまて、リリナ! いいんだって、ロイドはそれだけのことをしたんだよ。あいつにも他の冒険者にも、街の人たちにも」


 そういえば、主人公のケインのことを馬鹿にされたとき、リリナはこんな感じで怒っていた。


 でも、俺は悪役で嫌われ者のロイドだ。


 だから、ロイドが少し何かを言われてくらいで、リリナがここまで怒ってくれるとは思いもしなかった。


まさか、ヒロインが主人公に刃を向ける展開になるなんて思いもしないだろ。


「でも、あの人間はロイドさまを悪く言いました」


 リリナはそう言うと、むくれて片頬を膨らませる。


 俺は可愛らしいリリナの表情を見て、くすっと小さく笑う。


「ありがとうな。リリナがそう思ってくれるだけで俺は嬉しいよ」


 俺がそう言いながらリリナの頭を撫でると、リリナはむすっとしながらも銀色の耳をピコピコと動かす。


 うん。少しは落ち着いてくれたみたいだな。


「おい、ロイド! ケインに挨拶もなしかよ!」


 すると、今度はザードが大声で俺の名を呼んだ。


 いつもロイドを煽てながら、ケインを馬鹿にしていたザードはどこへやら。


 もうすっかりケインの取り巻きとして定着したらしい。


 俺はザードを睨むリリナの頭をぽんぽんっと優しく叩いてから、ケインたちの卓を見る。


「じゃあ、行くか。挨拶と紹介に」


「紹介ですか? 誰を紹介するんです?」


「言っただろ、リリナに会わせたい人がいるって」


「紹介したい人……え?! ロイドさま、本気ですか?」


 俺は隣で驚く声を上げるリリナをそのままに、ケインたちの卓に向かった。


「久しぶりだな、ケイン」


「おー、久しぶりじゃんかよ、ロイドくん」


 ケインはレナとエミに腕を組まれながら、ニヤッとした顔で俺を見上げる。


 その顔は俺を見下しているようで、どこか勝ち誇ったような顔をしていた。


 その姿は、まるでアニメのロイドを見ているみたいだった。



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