第20話 二つのスキル


「それじゃあ、手はず通りにいくぞ」


「はい、分かりました」


 俺たちは茂みの中から鹿のような魔物が水を飲んでいるのを確認して、小声でそんな会話をしていた。


 秘薬を求めて川の上流を目指す俺たちは、すでに何体もの魔物と戦っていた。


 もちろん、ただ正面から戦っても仕方がないので、リリナが『潜伏』のスキルを習得できるような戦い方をしていた。


 まぁ、結局の所、ただ反復練習を繰り返しているだけではあるんだけどな。


 『潜伏』の習得のための練習は結構単純だ。


 俺がリリナの手を引きながら『潜伏』のスキルを使って、魔物から気配を悟られないようにする。


 こうすることで、リリナは『潜伏』のスキルを体感的に覚えることができる。


 そして、俺は『潜伏』のスキルを解除して、リリナをそのまま茂みに残して魔物前に飛び出る。


「ピィィ!!」


 当然、俺は気づかれてしまう訳だが、あえて俺の存在を気づかせることでリリナの存在が気づかれにくくなる。


 こうすれば、『潜伏』のスキルが切れていても、リリナは実質的に『潜伏』を使っているのと同じ効果を得られるのだ。


「そら、こっちに向かってこい!」


 あとは、俺が上手いこと魔物を引き付けて、リリナに倒させるだけだ。


 俺が長剣を適当に振り回すと、鹿の魔物は小さく震えながら俺に威嚇をする。


「ピィィ!」


 俺がちらっと鹿の魔物の後方を見ると、そこにはすでに魔物の背後を取っているリリナの姿が見えた。


 そして、リリナは後ろから流れるように引き抜いた短剣を、首元に振り下ろす。


「ピィィ!!!」


 死角からの一撃を受けた魔物は悲鳴を上げた後、そのまま力なく地面に倒れた。


 ……今の動き、随分と洗練された動きに見えたな。


 魔物に気づかれず完全に背後を取り、致命的な一撃を食らわせる動きは完全に暗殺者の動きだった。


 俺がそんなふうに感心していると、リリナが何かに気づいたような声を漏らす。


「ロイドさま! 今の戦闘でスキルを習得しました!」


「おお、本当か! ということは、さっきの一撃はスキルによる一撃だったんだな」


 何度も実践を交えて『潜伏』のスキルの練習をしたのが良かったのだろう。


 思ったよりも早く『潜伏』のスキルを習得することができたみたいだ。


 まぁ、元々狩りをしていたり、『潜伏』のスキル取得のために練習をしていたのが大きいんだろうけどな。


 そして、何よりも暗殺者のような戦闘スタイルがリリナに合っていたのだろう。


 俺はうんうんと頷きながら、リリナの成長を喜ぶ。


「あの、ロイドさま」


「ん? どうしたんだ、リリナ」


 戸惑うようなリリナの声を聞いて、俺はちらっとリリナの方を見る。


 すると、リリナは少しだけ複雑そうな顔をしていた。


 なぜスキルを習得できたというのに、そんな顔をしているのだろうか?


 俺は不思議に思って首を傾げる。


「もしかして、スキルを取得したのが勘違いだったのか?」


「いえ、『潜伏』のスキルは取得できました。問題は、もうひとつ習得したスキルの方です」


「え、スキルを同時に二つも習得したのか? 凄いじゃないか!」


 スキルというのは習得するために一つの動きを修練する必要がある。


 『潜伏』のスキルを得たと同時に他のスキルを習得できるなんて、普通はありえないことだ。


 それだというのに、リリナは耳を微かに垂れさせて浮かない顔をしている。


「その、習得したスキルが『隠密』なんですけど、なんか急に裏稼業の香りが強くなった気がして、喜んでいいのか……」


「な、なるほど、『隠密』か」


 『潜伏』が隠れることに特化したスキルだとしたら、『隠密』は動きながら気配を悟られないスキルだ。


 もしかして、『潜伏』のスキルを練習させながら、リリナのレベルアップのために魔物と戦わせていたから、結果として『隠密』の練習にもなっていたのか。


 まぁ、『隠密』って盗賊職というか、本当の盗賊とかが使うスキルだから、複雑な気持ちになることも分からないでもない。


 それでも、大きく成長したことには変わりはない。


「喜んでいいことだぞ、リリナ。戦いで先手を取れるというのは優位に立てるわけだからな」


「そうです、よね。にへっ、ロイドさまが褒めてくれるなら良かったです」


 俺がリリナの頭を撫でてあげると、リリナは緩んだ笑みを浮かべる。


 リリナは機嫌よさげに耳をピコピコと動いているし、不安はなくなったみたいだ。


 せっかく伸びている長所なのだから、このまま伸ばしてあげたい。


 これから待つ戦いのためにも、リリナの力は必要になるかもしれないしな。


 ……もうすぐ、リリナに痛い目を合わせた魔物と戦うことになるかもしれない。


 一体、どんな奴が獣人のリリナの不意を突いたのだろうか?


 俺は気を引き締めて、リリナと共に森の奥へと進んでいくことにしたのだった。



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