第15話 リリナのお母さん
「原作にはなかった展開だよなぁ」
俺はクッキーを作った後の調理器具を片付けているリリナを見て、独り言を呟く。
確か、アニメでは主人公のケインがリリナのお母さんに会うのはもっと後だったはずだ。
秘薬を取って来て、それを渡すときに会うはずだ。
それに、森で会ったリリナとそのまま秘薬を見つけに行くので、リリナの家に泊まるなんてイベントはなかった。
そして何より、悪役のロイドがリリナと仲良くするなんて描写はなかった。
というか、むしろリリナはロイドのことをひどく嫌っていたはずだ。
「ロイドさま、何か言いましたか?」
リリナは片付けが終わったのか、俺のもとにちょこちょこっと近づいてきた。
どうやら、俺の独り言が聞こえていたらしい。
リリナの表情には警戒心などはまるでなく、俺の知るリリナが主人公のケインに向けるような表情だった。
とてもじゃないが、悪役のロイドに向ける顔ではない。
不思議そうに首を傾げるリリナを見て、俺は小さく笑う。
このアニメを知っている人が今の俺たちを見たら、一体どんなことを思うんだろうな。
そんなことを考えながら、俺はちらっと奥の部屋に視線を向ける。
「やっぱり、挨拶はしておくべきだよな」
「ロイドさま?」
お世話になる家の主に断りなく泊まるのは失礼だよな。
俺は小さく頷いてから、リリナに視線を戻す。
「リリナ。お母さんに挨拶させてもらってもいいか?」
「お母さんにですか?」
「ああ。無断で泊まるわけにもいかないからな」
礼儀として断りを入れておくというのもあるが、それ以上に知らない男が突然家にいたら驚かせてしまうだろう。
夜中にでも鉢合わせてしまったら、強盗と間違えられてしまう気がする。
ロイドの顔って、悪役顔だしな。
「そんなに気を遣ってもらわなくても大丈夫なんですけど……分かりました。ちょっと様子を見てきますね」
リリナは少し考えてから、こくんと頷くと俺を残して奥の部屋に入っていった。
寝ていたりしたら、起こす方が逆に失礼だろうか?
俺がそんなことを考えていると、すぐにリリナが奥の部屋から顔を覗かせた。
「ロイドさま、入ってもらって大丈夫です」
「ああ。分かった」
リリナに手招きされて部屋の中に入ると、そこにはベッドで横になっている獣人の女性がいた。
リリナと同じ銀色の耳は元気なく垂れているが、リリナをそのまま成長させたような容姿をした女性。
アニメで顔は見たことがあったけど、改めて見てもすごく若く見えるな。
とても子持ちの女性とは思えない。
俺は少しだけ見惚れてしまった後、ベッドに近づいて軽く頭を下げる。
「初めまして、お母さん。ロイドと言います。娘さんのご厚意で、数日間この家に泊めていただくことになりました。数日間、お邪魔しても問題ないでしょうか?」
俺が顔を上げると、リリナのお母さんは俺の顔をじっと見ていた。
真剣な眼差しをしばらく向けられ続けてしまい、俺はどうしたらいいのか分からなくなる。
な、何か変な物でも顔に付いていているのだろうか?
あれ? そういえば、前もリリナにこんなふうに見られたことがあったな。
「……驚いた。この人、本当にあのロイドさんなの?」
俺がそんなことを考えていると、リリナのお母さんがそんな言葉を漏らした。
驚いた?
ああ、そっか。ロイドはこんなに礼儀正しく挨拶をしたりはしないか。
「うん。私も驚いてる」
ちらっとリリナを見ると、リリナはくすっと小さく笑みを浮かべていた。
その表情が何か意味ありげな表情に見えて、俺は首を傾げる。
すると、突然リリナのお母さんが俺に深く頭を下げてきた。
「娘から話は聞いています。娘を助けていただいて、本当にありがとうございました」
「いえいえ、何事もなくてよかったですよ」
「……」
俺が無難にそう言うと、リリナのお母さんはきょとんとした顔で俺を見る。
……な、なんだこの間は。
俺はその間に耐えられなくなって、咳ばらいをしてから言葉を続ける。
「あと、数日後に娘さんをお借りします。秘薬を取りにいきたいみたいなので、危険がないように俺が一緒に行きます」
「ロイドさんが同行してくれるんですか?」
「ええ、一人じゃ無理でしょうから」
娘から話しを聞いているということは、リリナが大変な目に遭ったのは知っているのだろう。
俺がそう言うと、リリナのお母さんは申し訳なさそうに俺を見上げる。
「あの、なんでそこまでしていただけるんでしょうか?」
「恩返しですよ。過去にリリナさんみたいな子に元気づけてもらったことがあったので、その恩返しのつもりなんです。まぁ、ただの自己満足ですね」
「それだけのことで、ここまで良くしていただけるなんて……」
リリナのお母さんは俺の言葉を聞いて、目をぱちくりとさせていた。
まぁ、リリナのお母さんからしたら、リリナを助ける理由としては不十分過ぎると思うかもしれない。
それでも、それが事実なのだから仕方がないだろう。
俺が小さく笑うと、リリナのお母さんは俺の隣にいるリリナに視線を向ける。
「素敵な人に出会ったのね、リリナ」
そして、リリナのお母さんはそんな言葉と共に、とても優しい笑みを浮かべた。
「お、お母さんっ」
照れたように微かに頬を赤らめるリリナを見ながら、俺は小さく笑う。
素敵な人か。
まさかロイドのことをそんなふうに評価する人に会うとは、思ってもいなかったな。
「ロイドさん。娘のこと、よろしくお願いします」
「ええ、お願いされました」
最後にリリナのお母さんに深々と頭を下げられて、俺は頷く。
やけに心の籠った言葉に感じたのは、それだけリリナのことが心配だからだろう。
リリナのお母さんのためにも、俺がしっかりしないとな。
そんなことを強く誓って、俺は数日間リリナの家で過ごさせてもらうことにしたのだった。
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