第13話 一方的な恩返し
「あっ、ロイドさん。丁度クッキー焼けましたよ」
「おお、よかった。冷めちゃったら悪いからな」
「そんな大したものじゃないですって」
俺がリリナの家に戻ると、リリナが新しいお茶と良いバターのような香りがするクッキーを準備してくれていた。
果物が使われているらしく、彩りも可愛らしいクッキーだ。
さっそく椅子に座って、まだ温かいクッキーを口に運ぶ。
「うまっ、これがあのときのクッキーか!」
ベリー系の果物の甘酸っぱさが程よく、さっぱりとしたお茶とよく合う。
まさか、アニメで見たヒロインが作った料理をこうして食べることができるなんて思いもしなかった。
「大袈裟すぎですよ。ん? あのとき?」
リリナは俺の言葉を聞いて、照れくさそうに笑ってから首を傾げる。
まぁ、リリナにあのときと言っても伝わるわけがないよな。
「あ、そうだ。これ飲んでおいてくれ」
俺はサクサクとクッキーの触感と味を楽しみながら、荷物から箱に入ったポーションを取り出す。
「えっと、これは?」
「ポーションだよ。薬屋に聞いて良いのを買ってきたんだ。それを飲めば、内側の傷も治るだろうってさ」
わざわざ店の奥にある物を持ってきたのだから、きっと良いものに違いない。
昨日の傷も早く完治するだろう。
「……あの、一つ聞いてもいいですか?」
「ん? どうした?」
「なんで、私にこんなに良くしてくれるんですか?」
俺が顔を上げると、リリナが眉を下げて俺をじっと見ていた。
困惑しているような表情に、俺もお茶を飲む手を止める。
「私、木箱に入ったポーションなんて初めて見ました。これって、相当高いんじゃないですか?」
真剣な瞳で見つめられて、俺は視線を逸らす。
ここで高かったことを認めたら、気にしてポーションを飲もうとはしないだろう。
俺はそう考えてから、視線をリリナに戻す。
「いやー、そんなこともなかったかも」
「……首飾りはどうしたんですか?」
「お、落とした」
リリナは俺の言葉を聞いて、ジトっとした目を向けてきた。
ダメだ、完全にバレてるな。これは。
それからしばらく沈黙があって、リリナは顔を俯かせる。
「命を助けてもらっただけでも返しきれない恩なのに、理由もなくこんなに高価な物までいただけませんよ。……私に返せるものが何もありません」
リリナはそう言うと、小さく首を横に振る。
確かに、冷静に考えれば初めて会ったばかりの子にここまでするのは異常だ。
見返りを求めない聖人君子みたいな行動は物語の主人公にしか似合わない。
街中から嫌われているロイドが取る行動ではないよな。
俺は腕を組んで少し考えてから、諦めるように声を漏らす。
「理由があればいいのか?」
俺がそう言うと、リリナは顔を上げて俺を見る。
大きく開かれた目に急かされて、俺は小さくため息を漏らしてから言葉を続ける。
「昔な、色々あって疲れて限界がきたときがあったんだよ。本気で死のうかと思ったこともあった」
ブラック企業で勤めていたとき、過度な残業と上司からのハラスメントで心が病んでいた。
働いているか、飯を食べているか、寝ているだけの日々を過ごしていくうちに、生きている意味を失いかけていた。
「でもな、そのときに心を支えてくれたのが、リリナみたいな子たちだったんだよ」
何となくテレビをつけたらやっていた深夜アニメ。
それがこの世界、『最強の支援魔法師、周りがスローライフを送らせてくれない』だった。
ざまぁの悪役に上司を重ねて、可愛いヒロインに囲まれる主人公を自分に重ねてアニメを観ることで、俺は何とかクソみたいな現代社会で生きていくことができた。
このアニメがなければ、心を壊して命を絶っていたかもしれない。
それくらい、俺にとってアニメという存在は大きなものだった。
そのアニメに出てきたヒロインたちが死にそうだというのなら、無償で手でも何でも貸すだろう。
今まで助けてもらったのだから、当然その借りを返す必要がある。
というよりも、借りを返したいのだ。
「今俺がしてることは、そのときの恩返しなんだ。だから、受け取って欲しい」
俺が箱に入ったポーションをリリナの前に置くと、リリナは戸惑いがちに俺を見つめる。
「でも、私はその子じゃないですよ?」
「ふっ、そうか。そうかもな」
「あ、あれ? 私、何かおかしなこと言いました?」
俺が思わず笑い声を漏らすと、リリナは不思議そうに首を傾げる。
そうだよな。普通はそういう反応になるよな。
リリナはアニメの中でただ主人公と旅をしていただけ。
それなのに、そこに勝手に自分を重ねて元気を貰っていただなんて言われても、困らせるだけかもしれない。
そして何より、現時点ではリリナは主人公と旅をするということを知らないのだ。
きっと、俺の方がおかしくて、リリナの方が正しいのだろう。
「どうやら、その子はなんとも思ってないみたいなんだ。俺に恩を返して欲しいだなんて思ってもいない。だから、代わりにリリナに良くしようと思ってな。俺の自己満足に付き合ってくれると助かる」
「でも……」
俺がそこまで言っても、リリナはポーションを受け取ろうとしなかった。
まぁ、突然色々言われても困るよな。
というか、悪役が口にするような言葉じゃなかったか、今のは。
変に警戒でもされてしまっただろうか?
もっと悪役のロイドっぽい感じに話した方がいいのか?
俺はそう考えてから、小さく咳ばらいをして眉間に力を入れる。
「言っておくが、拒否権はないぞ。昨日あれだけポーションを使ったんだ。万全に回復してもらわないと、昨日使ったポーション代がもったいだろ。昨日のポーション代を返せないなら、黙って受け取るんだな」
俺がそう言ってリリナを見ると、リリナは目をぱちくりとさせていた。
「……くすっ、なんか似合いませんね。その感じ」
そして、リリナは小さく笑い声を漏らしてから、そう言った。
俺はリリナに釣られるように笑って、言葉を続ける。
「知ってるよ。人に優しくするキャラじゃないもんな」
ギルドの受付にも、質屋の店主にも、薬屋の店主にも敬語を使っただけで不気味がられるくらいだ。
人に借りた恩だって返さないのがロイドらしいのだろう。
「いえ、そっちじゃなくて」
リリナはそう言ってから、自然で優しい笑みを俺に向ける。
その表情が、作中で主人公のケインに向けるような表情だったので、俺は一瞬言葉を失って驚いてしまった。
だって、悪役のロイドに向ける表情じゃないだろ。それは。
「ロイドさま。ポーション、ありがたく頂戴します。このご恩、人生をかけて返すことをお約束します」
「人生をかけてって、大袈裟だっての」
深々と頭を下げるリリナを見て、俺はそんな言葉と共に笑みを漏らした。
ん? なんか今のセリフ聞き覚えがある気がするな。
……気のせいか?
微かに頬を赤らめるリリナを見ながら、俺は少しだけリリナに恩返しができたことを一人喜ぶのだった。
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